支えてくれる人
「おはよう、これ昨日の授業の板書。あと前に出てた変身術のレポート、よかったら参考にして」
「昨日ローズマリーを迎えに図書館へ行ったんだけど、この本分かりやすいからおすすめよ」
翌朝、エリザベスといつもより少し早く大広間で朝食を取っていると、ローズマリーとフレデリカがそれぞれ羊皮紙の束と本を渡してくれる。昨日はタイミングが合わず会えなかったローズマリーだが、きっと図書館でシンシアのために板書を写したり、いつもなら後回しにする宿題を早めに終わらせて助けてくれるつもりだったのだろう。皆形は違えど、シンシアを思って親切にしてくれているのが分かって、胸がいっぱいになった。
予想通り母からの手紙が届いたので、まだ朝食の途中のローズマリーとフレデリカを残して、エリザベスと二人で一度寮の寝室へ戻る。エリザベスに見守られながら手紙を開封する。
シンシアへ
お祖母様のおっしゃる通り、貴方はペンバートン家の跡継ぎです。
こうして招待を受けたのであれば、夏に当主としての教育を施して頂けるはずです。
しっかりと学び、お祖母様の期待に応えるように。
お祖母様は大変厳しい方なので、くれぐれも失礼のないように気をつけなさい。
よく手紙にあるハワード家のお嬢様であれば、お手本としてこれ以上ないでしょうから、参考にするように。
彼女から貴族令嬢としての立ち居振る舞いを学びなさい。
ナタリア・カーライル
「私は、どうして教えてくれなかったのかって聞いたの!!」
シンシアは読み終えた手紙をぐしゃぐしゃに丸めて、床に投げつけた。温厚なシンシアが物に当たることは今までなかったが、今回ばかりは気持ちをぶつける先がなかったのだ。息を荒げて怒りのあまり今にも泣いてしまいそうなシンシアの背を、エリザベスがそっと撫ぜた。
「シンシア、もし良ければクリスマス休暇は我が家へ来ない?友人のご両親を悪く言いたくないけれど、ご両親はシンシアに誠実じゃあないわ。貴族令嬢としてのマナーも教えず、他人から見て学べだなんて…、厳格だというお祖母様に叱られるのが目に見えているわ」
「……」
「お祖母様のお家で夏休みを過ごすのは、当主教育もあるから避けられないと思うの。ペンバートンの当主になり得る資格を持っているのは貴方しかいないから、家門の存続のために絶対に逃げられないわ」
「………」
「シンシアは何も悪くない、知らないだけなのに、それで貴方が怒られるのは、私嫌なの。私貴方が実はズボラなの分かってる。でも与えられたことはきっちりこなすのも知ってる。貴方が叱られないために、エチケットを学んで欲しいと思ってる」
「エリザベス……」
エリザベスの提案は現実的なものだ。言っていることはしょうがないから受け入れて、頑張れ。ということだが、これだけシンシアを思っているエリザベスが、シンシアのために行ってくれているのだ。エリザベスが寄り添ってくれたことで、シンシアはスッと受け入れることができた。
「そうね、正直家族でギクシャクしてるし、こんなことがあったから帰りたくない。ペンバートン家のことも、本当はどうしようもなくて、さっさと受け入れて頑張るのが正しいってことも、分かってる…。ただ、あまりに大きくて、簡単に受け入れられなくて…」
「ええ、そうね」
「でも、エリザベスの言う通り、建設的にならないと。避けられないなら、優や良は難しくても、せめて可を取れるように頑張るわ」
「そうよ、優も良も可も、合格には違いないんだから。一緒に頑張りましょう」
そうと決まれば、エリザベスは手紙用の羊皮紙を授業の荷物に加えた。今日は魔法史の授業があるので、その時間に両親へお願い(と言うより決定事項の連絡)の手紙をしたためるつもりのようだ。
そうこうしているうちに一限目の授業開始時間が迫っていたので、シンシアのエリザベスは走って教室に向かった。魔法薬学の教室は地下牢にあるので、スリザリン寮から近いことが幸いして、なんとか間に合うことができた。
魔法薬学のスネイプ先生は、大きな蝙蝠のように黒ずくめだ。そして、スリザリンの寮監らしく身内に甘く、他所に厳しい。特にグリフィンドール嫌いは凄まじい。今日もマクラーゲンやケイティ・ベルなどグリフィンドール生に重箱の隅をつつくように減点し、ローズマリーや勉強の得意なオルトヴィーン・ホランドに加点をしていた。
シンシアは比較的魔法薬学が得意だったので、何度か加点をもらったことがある。しかし、今日ばかりは気もそぞろで失敗をしないように調合するのが限界だった。ちょっとしたミスはあったが、十分挽回できる程度のものだったので、問題なく調合を終えることができた。こう言う時、グリフィンドールだったら減点されていただろうが、スリザリンなのでスルーできる。
「先生、確認をお願いします」
「そちらへ」
薬剤の瓶詰めを終えて、名前のラベルを貼る。スネイプ先生の元へ提出しに行くと、レギュラスとタイミングが同じだった。グリフィンドール生なら、ありとあらゆる角度でいちゃもんをつけて嫌味を言っているが、レギュラスの調合は完璧だったのか、とても事務的で何も言わなかったのが少し衝撃的だった。
シンシアもレギュラスに続いて提出を終えて自分の席に戻った時、座る時にローブのポケットがかさりと音を立てた。調合の道具を片付ける傍ら、ポケットを見ると小さめの羊皮紙にメッセージが書かれていた。
最近元気がないように見えたので心配です
何かあるなら、相談に乗りますよ
たったそれだけの文章。字はとても整っているが、男性的な印象だ。心当たりといえば、さっき魔法薬の提出の時すれ違ったレギュラスくらいだろう。レギュラスの字、と言われれば、至極納得する手跡である。一体どのタイミングでポケットに仕込んだのだろうか。全く気付かなかった。
シンシアは大鍋を洗いながら、レギュラスを探す。自分の席で余った材料を片付けているレギュラスが、心配そうにこちらを見ていて、彼が手紙の主だと確信する。確かに、ここ数日は気分の浮き沈みが激しく、授業をサボったりしていた。他寮なのにこんなに気をかけてくれるなんて、やっぱりレギュラスは優しい人だ。
安心させるように微笑むと、 レギュラスも目元を和らげてほっとしたようだった。レギュラスは顔立ちも整っているし、視野が広く気遣い上手な紳士なのでさぞ女性にモテることだろう。シンシアも何度か彼に親切にされて、乙女心がくすぐられることがあったのは間違いない。
「シンシア、そこ代わってくれる?私も大鍋を洗いたいの」
「あ、ごめん、エリザベス。今代わるね」
洗い場を譲って、シンシアは自分の席に戻る。大鍋を伏せておき、調合で散らかっているテーブルを片付けていく。レギュラスからの手紙が折れ曲がってしまわないように、魔法薬学の教科書に挟んで、荷物をまとめていく。
その日の授業を終えて、夕食の前に魔法史の時エリザベスが書いた手紙をフクロウ小屋まで行って出しに向かう。この時期のイギリスは、もう日が沈んて薄暗い。今度杖先に光を灯す呪文を調べに行こうと思った。
「エリザベス、今夜二人にも話そうと思うの。まだ受け入れられてないけど、二人には心配かけちゃってるし。友達に隠し事はしたくないから」
「シンシアがそうしたいのなら、そうすればいいのよ。あの二人も嬉しいと思う。それに、二人も貴族だから、きっと協力してくれるわ」
「うん、そうだね」
大広間に入って、一番手前にあるスリザリンのテーブルを探す。フレデリカの茶髪と、ちょっと小柄なローズマリーの黒髪を探すと、比較的すぐに見つかった。二人は遅れてくるシンシアたちの席もとっておいてくれたようで、二人の横は空席になっていた。
「早かったわね、手紙は出せた?」
「ええ、無事にね」
「席とっておいてくれてありがとう」
フレデリカの隣にエリザベスが、ローズマリーの隣にシンシアが座って、夕食をとる。二人よりはやく食事を始めていたフレデリカとローズマリーだが、終わりの時間を合わせてくれたようで、久しぶりに四人揃って寮に戻った。
フレデリカが食後のお茶に誘ってくれたので、二人をお茶会室に誘った。二人ともそんな部屋があったのを知らなかったのか快諾してくれた。前回使った右から二番目の部屋は使用中だったので、その隣の一番右の部屋に入る。部屋の構造は変わらないが、こちらの部屋はとても女性的で、お茶会にふさわしい雰囲気だ。中央に丸テーブルがあり、椅子はあえて壁際に避けられている。戸棚には色々な食器類が用意されていて、フレデリカが楽しげに選んでいた。
「それで、私たちに話したいことがあるんでしょう?」
「私たちが聞いていい話なの?無理しなくていいのよ、私たちは待てるから」
紅茶を一口味わったところで、ローズマリーが口火を切った。フレデリカが優しくフォローしてくれる。こうしてシンシアを大切に思ってくれる二人だからこそ、誠実でありたいし助けを求めたかった。
「二人にも聞いてほしいの。私もまだちょっと混乱してるから、上手く話せるかわからないんだけど…」
シンシアが一連の話しをする。ところどころエリザベスの助け舟を借りつつ、なんとか説明を終えた。
「そんなことって、ある…?」
「……私たちに出来ることは全部する。一緒に頑張りましょう」
フレデリカとローズマリーは、まさに絶句していた。フレデリカは顔を真っ青にして目を見開いて開いた口を押さえているし、ローズマリーは頭が痛いと言いたげに額を抑えていた。
それでも、二人とも協力を申し出てくれた。協力してくれるのは分かっていたが、直接了承してもらえるとやっぱり安心した。
「正直、何から始めたら良いのか分からないんだけどね」
「シンシアは食事とかはとっても綺麗だと思うの」
「あー、母に食事のマナーとか、文字の練習を兼ねて詩の書き取りを教わっていたの。それのおかげかも」
「そこは貴族教育をしていたのね…?それなら動作と動作の間の所作として、歩き方とか座り方からかしら?こればっかりは練習より、日々意識して習慣づけていくものだから」
「あと、貴族特有の言い回しや言葉遣いもね」
「まず挨拶からじゃない?話を聞く限り、そのおばあさん絶対にカーテシーさせてくるよ」
四人の作戦会議は消灯間際、エヴァンジェリンの申し訳なさそうなノックまで続いた。