大事件

 レギュラスに教わった本のタイトルを忘れないように呟きながら、図書室へ向かう。ホグワーツの蔵書はとても多いので、そんな便利な本ならありそうだと思ったのだ。なかったらなかったで、お小遣いで買おうと思う。
 図書室で呪文学の蔵書が中心の棚に向かったが、呪文学というジャンルの本はやはり多いので探すのは苦労しそうだ。何回かぐるぐると回ってようやく目当ての本を見つけることができた。目次を開いてみると、この前ユーフェミアがかけてくれたお茶を温かく渋くならないように保つ魔法や、レギュラスの言っていた間違えた箇所だけインクを吸ってくれる魔法、窓ガラスを綺麗にする魔法など、色々な魔法が載っていた。
 一つ一つは地味だが、とても便利そうな呪文ばかり載っているようで、シンシアはとても楽しく本を読んだ。試しに使ってみたくなる魔法が多いが、万が一失敗したら司書のマダム・ピンスに大目玉を喰らうことになる。ムズムズしてしまうのを堪えて、シンシアは夢中で読み進めていった。
 図書館にいる人が減って、シンシアは違和感から視線を本から外す。夢中になって時間を忘れていたようで、日はとっくに沈んで夕食の時間になっていた。シンシアはマダム・ピンスに本の貸し出し手続きをしてもらい、大広間へ降りる。

「あらシンシア、休日は満喫できたようね」

 ローズマリーがニヤッと笑って言うので、シンシアは初めなんのことか分からなかった。彼女たちの視線がシンシアの頭に飾られた花冠にあることに気付いて、これは確かに満喫してるな…と恥ずかしくなって取ろうとする。けれど、取ったところで夕食が並ぶテーブルや、生徒たちでぎっしりの椅子に置くわけにもいかず、そのまま頭に乗せておくしかなかった。

「こほん、ローズマリー、遅くなったけど誕生日おめでとう」
「ありがとう、シンシア。綺麗なお花ね」
「その練習で花冠が出来たのね」

 忘れないうちにブーケをローズマリーに渡す。ローズマリーは嬉しそうに受け取って、大切そうに抱えた。プレゼントで合点がいったのか、フレデリカが花冠とブーケを見比べて小さく笑みをこぼした。

「そうそう、図書館でこんな本を見つけたの」
「せっかく何もしない休日なのに、図書館に行ったの?」
「まあまあ、これ見てよ」

 ローズマリーが信じられない、とシンシアを見る。確かに、普段なら何もしない休日に、絶対に図書館へは行かないだろう。レギュラスと話した後、とても勉強の意欲が高まったのだ。それに、これは授業で強制された学びではないのも大きな要因だろう。

「『実用的な家庭の呪文集』…?」
「間違えた箇所のインクを吸い取る魔法とか、お茶を温かく渋くならないように保つ魔法とか、そう言うのが載ってるの!食べ終わったら試してみない?」
「私もその魔法覚えたいと思ってたの!試してみましょう!」
「とても実用的ね。私もぜひ覚えたいわ」

 それからスリザリンの一年生女子をきっかけに、寮内で『実用的な家庭の呪文集』の魔法が大流行することとなる。ユーフェミアやエヴァンジェリン、アデレードは4人が苦戦した魔法を、自分も覚えながら教えてくれた。一年生男子やその他の関わりのない生徒も、便利な魔法に関しては自分にも教えて欲しいと談話室で声をかけてくれるようになった。
 2年生のエイドリアン・ピュシーが、魔法薬学でお皿を綺麗にする呪文を大鍋に使って汚れを綺麗に落としたことで、スネイプ先生からスリザリンの学習意欲が高いことを評価され10点も加点されたと聞いた時、シンシアはなんだか誇らしかった。スリザリン贔屓のスネイプ先生でも、勉強の成果を褒められるのは素直に嬉しかった。変身術や薬草学でもそう言うことがあったようで、スリザリンのみんながシンシアを中心とした一年生女子を褒め称えた。
 やがてその噂は呪文学のフリットウィック先生の耳に入ったようで、授業の内容がシンシアたちの流行らせた実用的で家庭的な魔法になったことがあった。スリザリン生はすでに学んだことが多く、お手本に指名されたシンシアが成功させると、5点加点してもらえた。フリットウィック先生はシンシアに向かってウィンクしてくれて、確信犯でシンシアを指名してくれたと分かった。
 その日をきっかけに、シンシアは今までほど勉強が嫌いではなくなった。呪文学や変身術、闇の魔術に対する防衛術などの実技科目ではメキメキと成績を伸ばしていった。勉強への意欲が高まったおかげか、レディ・レッスンも前よりかは様になっていると思う。気を抜くとすぐに被っている猫がお出かけしてしまうのだが。



 あれからレギュラスと話す機会は巡ってこない。と言うのも、11月に寮対抗クィディッチ杯の初戦である、グリフィンドール対スリザリンが控えているからだ。ただでさえ仲の悪い2寮が戦うので、それぞれの緊張感はマックスまで高まっている。
 グリフィンドールのシーカーのチャーリー・ウィーズリーは特に強敵だという。それに、2年生ながらビーターとしてメンバー入りを果たしたと噂のチャーリーの弟、双子のフレッドとジョージはイタズラ好きで悪名高い。入学早々グラハム・モンタギューにバケツの水を浴びせたり、魔法を覚えてからは呪いまで放ってくる始末である。シンシアも彼らが管理人のフィルチに追いかけ回されているのをみたことがある。そんな双子が敵なのだ。クィディッチメンバーはイタズラのターゲットにされることが多く、寮を上げてメンバーを守る必要があった。

「危ない!」

 食事の後、寮へ戻る最中のことだった。大広間の前の階段を降りてスリザリン寮へ戻るのだが、その上からウィーズリーの双子が何かをぶちまけようとしていた。シンシアはとっさに前を歩いていたモンタギューとワリントンを押した。二人はとても筋肉質でがっしりしているので、下り階段で押しても転がり落ちることはなく、少しよろけたくらいだった。

「わっ!」

 シンシアは何かの薬剤を浴びたようで、ローブから白い煙が上がっていた。頭上からマズイ!ずらかるぞ!とステレオボイスが聞こえた後、エリザベスの怒声とユーフェミアの呪いが炸裂した。

「オルトヴィーンくん、ベルトラムくん。ローブで直接触れないようにしてMs.カーライルを抱えて速やかにスネイプ先生の研究室へ向かうように」
「シンシアこれを使って」

 監督生のジェラルド・キングスコートの涼やかな指示に、オルトヴィーンとベルトラムが素晴らしい反応速度で従った。両脇を抱えられてもはや足もつかない状態になったところで、エヴァンジェリンが自分のローブを脱いで、シンシアを覆い隠すようにして被せた。なんの薬剤を被ったのか分からないが、どうやら目も当てられないくらいの惨状らしい。
 オルトヴィーンとベルトラムが大慌てでスネイプ先生の研究室に駆け込んで、スネイプ先生は酷く不機嫌そうだった。しかし、ベルトラムの事情説明と、オルトヴィーンがエヴァンジェリンのローブを剥いだことで、スネイプ先生は黙った。文句を言いかけた口を閉じ、テキパキと研究室内の試薬と材料を調合したかと思うと、瞬く間に薬を完成させてゴブレットに入れて差し出してきた。
 おどろおどろしいそれに、内心嫌悪感を抱く。スネイプ先生相手に味と見た目を改善するようお願いする度胸なんてない。それと、スリザリンの生徒たちが皆一様にシンシアの外見について言及せず、エヴァンジェリンがローブで隠し、エリザベスが激怒し、クールなユーフェミアが呪いを放つほどだったのだ。知らない方が幸せな状態になっているに違いない。

「大丈夫?飲むのに手を貸そうか?」

 大丈夫、という声は出なかった。ただ空気が喉を通り抜けるだけで、シンシアにもマズイ状況なのが十分理解できた。すぐに覚悟を決めてゴブレットを煽り、全て飲み干す。掃除した後3日くらい熟成された雑巾を絞った水を、泥状にしたような、味も匂いも触覚も全てが最悪の薬だった。
 あまりのひどい味に悶絶していると、ベルトラムが心配そうに色々言ってきたが、正直入ってこないくらいマズイ。

「ベルトラム、ここを任せていいか?誰かに頼んで女子寮から着替えを持ってきてもらおうと…」

 思う、まで言い切るより早く、スネイプ先生が杖を振って扉を開けた。そこには今まさに扉をノックしようとして、開いた扉に当たって悶絶しているローズマリーが居た。

「大丈夫か?」

 オルトヴィーンがそのままローズマリーを迎えにいって、悶絶して目を開けられないローズマリーの手を引いて連れてくる。ローズマリーの手にはシンシアの着替えが抱えられており、さすがである。

「薬液が染みている制服は直ちに破棄し、新しい物に着替えるように。Ms.フィッツロイ、ドラゴンの手袋をはめて、手伝うように」

 スネイプ先生は部屋の奥側に衝立を用意し、そこにシンシアとローズマリーを誘導した。動けるようになったので、オルトヴィーンとベルトラムはお役御免となり、スネイプ先生に追い出されていた。
 着替えている最中、スネイプ先生の部屋にノックが響いた。あられのない格好のシンシアとそれを知るローズマリーは衝立で隠されているが、少し身を固くした。

「ジェラルド・キングスコートです」
「入りたまえ。君も、Ms.カーライルの件かね?」
「そうです、先生。詳細はお聞きになりましたか?」
「双子のウィーズリーがMs.カーライルをかような姿にし、私の手を煩わせたことなら承知している」
「一連の騒動を目撃した監督生として、二人への罰則及びグリフィンドールの減点を望みます」
「左様。妥当であろうな」
「ウィーズリーはクィディッチメンバーであるモンタギューとワリントンを狙ったようです。それを察知したカーライルにより二人は無事で、幸いクィディッチへの影響はありません。しかし、これは明らかな妨害行為です。然るべき処断が必要でしょう」
「…ウィーズリーは明らかな妨害行為を行い、これではゲームの円滑な進行に差し支えると、そう言いたいと?」
「その通りです、スネイプ先生。それに、彼らの意図していないことですが、婦女子をあのような姿にしておいて、ねぇ?」

 ジェラルドは4学年上の5年生だ。金髪に深緑の瞳、まるで王子様のような風貌。しかもキングスコートという貴族の中でもかなりの名家だ。それまで純血貴族として王族のように振舞っていたブラック家が没落してから、とってかわって王者となった家門である。
 ジェラルドはスリザリンらしく、シンシアの事故すらクィディッチ戦を有利に進める踏み台にするようだ。転んでもただは起きない、非常に狡猾だがスマートでもある。シンシアは別に自分の件をどのように処理しようが、ウィーズリーが罰則を受けて減点されるならそれで良かった。それでスリザリンが有利になるなら、むしろどうぞという感じだ。最近スリザリンが纏まっている影響だろうか、シンシア自身もスリザリンらしくなってきたと思う。

「あの、あの後のことは分からないんですけど、ユーフェミアが杖を抜いたのは知っていて。私を思ってくれるあまりのことなので、どうか目溢ししてくださいませんか…?皆さん私のこと、何も言わないでくれているのってそういうことですよね…?それできっと、代わりに怒ってくれただけで、彼女は何も悪くないんです」

 多分、エリザベスならこうしろと指示したと思う。ここはシンシアは喧嘩を買わず、しおらしくする方がいい。ついでにユーフェミアが減点とかされないと良いな、と念を押しておく。すると衝立の奥で、ジェラルドとスネイプが怪しくニヤッと笑ったのが、雰囲気でなんとなく分かった。
 ローズマリーの手を借りて着替え終わり、衝立から出る。スネイプ先生はもう一つ薬液をローズマリーに渡して、指示を出す。どうやら髪の毛に染みてしまった分を中和させる薬で、シンシアはこのままシャワールームへ直行らしい。ローズマリーが熱心にスネイプ先生の指示を聞いているので、シンシアはジェラルドを見る。ジェラルドは心底シンシアが心配、という顔をしているが、それが本心というか真意ではないこと以外、深緑の瞳からはそれ以上何も読み取れなかった。
 スネイプ先生がジェラルドを連れ立ってグリフィンドールの寮監であるマクゴナガル先生の私室へ向かうと同時に、シンシアは寮へ戻ることになった。

「シンシア…」
「バスルームにすぐに行かないといけないの!そこどいて!」

 寮に戻ると、モンタギューとワリントンを筆頭に、心配そうな人たちがシンシアを取り囲んだ。ローズマリーがピシャリと言い放つと、モーセの海割りのように人がはけて、まっすぐバスルームへ入れた。

「シンシア、ローズマリー!何か必要なものはある?」
「ヘアブラシとシンシアの着替え一式を持ってきて欲しいの。髪の毛に染み込んだ薬液を中和しないといけないって」

 フレデリカが声をかけてくれて、必要なものを持ってきた。シンシアはバスタブに湯を張って湯冷めしないようにしながら、ローズマリーとフレデリカに頭の世話をしてもらって、ちょっと女王様にでもなった気分だ。

「オーキデウス」

 ローブのポケットから杖を取り出して、大好きな魔法を唱える。赤い薔薇の花びらが湯船に浮かんで、よりそれらしくなった。

「あら、素敵ね」
「薬剤は馴染ませ終わったから、後はローズマリーに任せるわね。私は二人がくる頃、お茶を準備して待ってるわ」

 フレデリカがバスルームを出て行って、ローズマリーと二人きりになる。

「ねぇ、私ってそんなにヤバい状況だったの?ああ、詳細は言わないで。知らない方が幸せなことってあるでしょう?」
「ええ、絶対に知らない方が幸せよ。私は絶対に貴方に教えないし、他の人が言ったらその口を縫い付けてやるわ」
「オーケー、相当ヤバいってことね」
「エリザベスはともかく、ユーフェミアがあんなにブチギレてるの見たことない」

 最近レディ・レッスンのせいで言葉遣いにも気をつけていた。入学初日に言っていた通り、ローズマリーは貴族家の中でもおおらかな家庭で育ったようで、実はシンシアと感覚が一番近かった。二人きりだとある意味一番自然体でいられるので、思いの外心地よい。

「本当に。ユーフェミアって勉強熱心だけど、ちょっと浮いてるじゃない?他人にそんなに関心があるタイプに見えなかったから、意外だった」
「シンシアとエリザベスは特別なんじゃない?二人は最初から勉強のことで可愛がられてたし、最近の流行を作ったのも感心してたし」
「そうなのかなぁ。年上ならエヴァンジェリンとアデレードもユーフェミアと仲が良いと思うんだけど」
「エヴァンジェリンは仲良くない人を探す方が難しいじゃない。一緒にいるアデレードも以下同文」
「確かに」
「さ、終わりよ。後は普通にシャワーしたら良いはず。談話室で待ってるね」
「ローズマリー、ありがとう」

 ローズマリーはバスルームの個室のドアを閉めて、去っていった。シンシアは寮のみんなに心配をかけたのが分かっているので、いつもよりテキパキ洗い終え、最後に花びらを消してから談話室へ戻った。

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