おばあ様からの招待状

 シンシアは頭を悩ませていた。レギュラスは命の恩人であるのに、きちんとお礼をしたのか記憶が曖昧なのだ。あまりの恐怖に呆然として、助かった事実に安堵しつつどこか夢見心地でふわふわとしていた。礼を忘れるなど、あってはならない。
 悶々としていると、勉強していたエリザベスが大きくため息をついた。

「さっきから何ですか、落ち着きがない。レディにあるまじき様子ですよ」
「私、レギュラスにちゃんとお礼したかしら…って不安で。その、あの時の記憶が曖昧なのよ」
「それは…由々しき事態ですわね」

 エリザベスは一緒に悩んでくれる気になったのか、羽ペンを置いてこちらにしっかり体を向けた。

「お礼してないなんてことはないはずだけど、もし万が一していなかったら私…、命の恩人に対してとんでもなく失礼だわ」
「ええ、そうですわね…」
「お礼しましたか?なんて聞くのは論外だし、それに、今更だわ」
「何にせよ、その場での感謝だけでは礼を尽くせない事でしたから、改めて正式なお礼を差し上げても不自然ではありませんよ」
「手紙だけでは軽いし、プレゼントだと、その、」
「相手はグリフィンドールですものね。確かに贈り物は要注意ですわね」

 うーん、と頭を悩ませていると、濡れ羽色の美しいフクロウが手紙を落とした。エリザベス宛のようだ。封蝋がハワード家の家紋だった。
 エリザベスが手紙を読んでいる間、シンシアはフクロウをかわいがることにする。つるりとした美しい羽をもっている。

「貴方綺麗ね。美人さんだわ。喉が渇いたの?このお水をお飲み。ゴブレットのままじゃ飲みにくいかしら」

 フクロウは気にしないわ。それより、貴方にも手紙が来るわよ。とでも言うかのように、大広間の入り口を見遣る。つられてシンシアもそちらを見ると、これまた美しいフクロウがやって来て、シンシアに手紙を落とす。フクロウは羽を休めることなく飛び去って行き、それを見送る。

「シンシアにもお手紙でしたの?わたくしはお母様からでした」
「それが…差出人が書いてないの。シーリングスタンプが手掛かりなんだけど、エリザベスはこの家紋知ってる?」
「赤いバラ…。まさか、」
「エリザベス?」
「シンシア、その手紙はここで拝見するようなものではありません。寮に戻りましょう」
「う、うん…」

 エリザベスは家紋で誰が差出人なのか、見当がついたらしい。てきぱきと荷物をまとめると、足早に寮へ向かう。
 寮について、談話室に居た面々に挨拶しつつ、部屋までノンストップで進んだ。さっき談話室にフレデリカが居たし、この時間ならローズマリーは図書館だろう。人払いの必要なく、エリザベスとシンシアは部屋にこもった。

「シンシア、嘘偽りなく教えて頂戴。貴方一体どうやってペンバートン家と知り合ったの?」
「ペンバートン家?」
「ええ、そうよ。当主が例のあの人によってお亡くなりになって、あの家にはご隠居の奥様しかいらっしゃらないはずなのに」
「知らない…。とりあえず、開けてみる」

 ペーパーナイフで封を切る。上等の羊皮紙には流れるような美しい文字が、ワインのような紫のような赤のインクで綴られている。


親愛なる シンシア
貴方の母、レイチェルはわたくしの娘です。貴方はわたくしの孫。
どうか貴方の元気な顔を見せて頂戴。
レイチェルにはわたくしから伝えておきます。夏休みは我が紅薔薇の館で共に過ごしましょう。
立派に成長した貴方に会える日を楽しみにしています。
セラフィーナ・S・ペンバートン


「なんてことでしょう!」

 エリザベスがこんなに大きな声を出して取り乱すことはまずない。普段からレディとしてエチケットに厳しいからだ。それがどうだろう。
 シンシアにはただ、おばあちゃんが孫に会いたい、夏休みを一緒に過ごそうと言っているだけなのだが。

「シンシア、この手紙は貴方にただ会いたいと言っているのではありません。次のペンバートン家当主に相応しいだろうから、見定めてやると言っているのです」
「えええ!!?」
「しっ!声が大きいですわ。それにしても、シンシアがペンバートン家のご令孫だなんて…」
「私もお母さんがそんな貴族のご令嬢なんて知らなかったの。たまにおばあちゃんに会いに行くくらいで、今まで通りがいいんだけど」
「いいえ、できないわ。貴方が本当にペンバートン家の当主となるのであれば、貴方はレディとしてマナーを学ばなければなりません」
「そんな…私、別に当主だなんて興味ないわ。今のままでいい」
「シンシアがそう望んだとしても、貴族社会においては身分が一番尊ばれて優先すべきものですから。セラフィーナ様の願いは必ず遵守されるべきなのです。お断りすることはできません」
「でも、私は今まで失礼にならない程度の作法しか学んでないもの。これからエリザベスの真似でもしてレディのフリをしても、所詮は付け焼き刃でおばあ様には見破られると思うけど」
「心配しなくてもよろしくてよ」

 シンシアは不安でいっぱいなのに、エリザベスはやけに自信満々だ。エリザベスは先程届いた手紙をひらつかせる。確か、エリザベスのご実家からの手紙だったはずだ。

「お母様にシンシアのことをお手紙に書いたのですけれど、お気に召したようで一度お会いしたいとのことで、クリスマスに我が家に招待したいと。シンシアのおうちがお許しになれば、クリスマス休暇は我が家でレディ教育を受けて過ごすのはいかがかしら?」
「それは…」

 シンシアと母であるレイチェルとの仲はあまり良くない。これまで最低限のマナーこそ教えられてはいるが、貴族令嬢のそれには全く足りていない。教えを請えるような関係性ではないのだ。
 それゆえ、エリザベスからの申し出はありがたい。正直、貴族令嬢としてのマナーは別に受けたくもないが、おばあ様と半強制的に夏を一緒に過ごすとなると必要だろう。
 本来クリスマスは家族で過ごすものであるが、今年はそうも言っていられないようだ。シンシアはガックリと肩を落とし、エリザベスにクリスマスに滞在させてほしいとお願いした。

「そうと決まれば早速始めますよ。まずは姿勢をしっかりと伸ばして、どんな時でも笑顔を忘れてはなりませんよ。そんな風に感情を表に出してはなりません」

 エリザベスは随分とスパルタなようだ。

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