クリスマスプレゼント

 シンシアは目を覚ました。いつもはまだ眠れる、とベッドに篭るが、今日は特別だ。そばに置いていたガウンを羽織り、すぐさまドレッサーへ向かう。
 軽く身支度を整えて、ダイニングへ降りようとすると、丁度エリザベスと鉢合わせた。エリザベスは貴族らしくいつもこうです、といった顔をしているが、シンシアには期待でワクワクとしているのがわかった。何せ、今日はクリスマスなのだから。

「おはようございます」
「予想通り二人とも早起きしてきましたね。プレゼントは朝食を食べてからですからね」
「分かっていますわ」

 早起きを見越して、既にヘンリックとヴァイオレットは食卓についてモーニングティーを飲んでいた。すかさず飛んだ注意に、シンシアとエリザベスはお互いに肩をすくめあった。大人には子供の考えていることなんてお見通しである。
 用意された朝食は軽めのものだった。食後のお茶もそこそこに、家族でリビングへプレゼント開封をしにいく。シンシアとエリザベスが姉妹のようにツリーの下へ並べられたたくさんのクリスマスプレゼントのもとへ足早に駆け寄るのを、ヘンリックとヴァイオレットがソファで微笑ましそうに見ているのを、二人は知らない。
 ハワード家のクリスマスツリーには、雪が降る魔法がかけられていて幻想的だった。星飾りやオーナメントは紫色のものが多くて、ヘンリックの妻と娘への愛がよく現れていた。

 家族からは、弟のレイヴィスからはカードを、両親からは衣服をたくさん貰った。今着られるのは温かそうで肌触りの良いカーディガンくらいだが、おばあ様の家で夏を過ごすことを見越してか、質のいい夏物が多い印象だった。他にも、お菓子、文房具など、さまざまな小物をもらった。
 エリザベスからはリップクリームとハンドクリームのセットをもらった。早速使ってみたが、どちらも保湿力が高いのにスッと馴染んでベタつかない。パッケージにもクリスタルがついていて、高級品のようだ。フレデリカからは箒から落ちてもクッション呪文が発動する魔法のアクセサリーで、エリザベスと思わず笑った。フレデリカは面倒見のいい性格なので、あの落下事件は大層肝を冷やしたらしい。子供向けなので少しデザインは良くないが、とても実用的だと思う。今後箒に乗る時は、ローブの下に隠して必ず着用しようと思う。ローゼマリーからは綺麗に装丁された日記帳をもらった。今日から毎日書く、と言いたいが、シンシアは少し飽きっぽいので、印象的な出来事の時だけ書くことにする。
 寮の男の子たちからは、連盟で文房具の詰め合わせ、ユーフェミアからはとても綺麗な魔法がかけられたカードとアイボリーのシーリングワックスをもらった。
 ヘンリックとヴァイオレットからもプレゼントがあった。二人にはお世話になる時、両親から上等なお菓子と贈り物をしてお礼したと聞いているが、もらいすぎではないかシンシアは心配になった。二人からのプレゼントはアクセサリーセットだった。イヤリングとペンダントのセットで、瞳の色と同じ黄緑色の宝石がはまり、その縁を透明の小さな石が囲んでいる。ブロンズというか、ブラウンゴールドの控えめなチェーンで、はではでしくなくてとても気に入った。同じブラウンゴールドで蔦を模した髪飾りもあった。シンシアは宝石を鑑定できる審美眼はないが、これがとても高価な贈り物であることは分かった。

「あの、Mr.ハワード、Mrs.ハワード、これ、とっても高価な物なんじゃ…。頂けません」

 おずおずと、二人にベルベッドのアクセサリーケースを持っていって、そういった。ちらり、と様子を伺っていたエリザベスが、あら、と目を丸くしていた。やっぱり高価な物なんだと確信して、シンシアはなんとしてでも返さねばと強く決意する。ヘンリックとヴァイオレットはくすくすと笑ったあと、「レディとしては10点だな。もちろん100点満点中ね」とシンシアの鼻をちょんと指でつついた。

「シンシア、もらったプレゼントを返そうとしたり、値段を気にしてはいけないわ。シンシアはそのプレゼントを気に入らなかったかしら?」
「いいえ、とても素敵な物だと思います。でも、素敵すぎて私には釣り合ってないし、もらった分のお返しも出来ません」
「気に入ってくれて良かったよ。私たちが君に合うように、エリザベスに色々君のことを聞いてオーダーした物が、釣り合わないわけないだろう?お返しのことなんて子供が考えることじゃあないさ」
「そうよ、プレゼントは気持ちなのよ?それに見て、私もお父様とお母様から頂いたのよ」

 ヘンリックに嗜められる。シンシアには男女の機微なんて分からないが、ヘンリックがプレイボーイだったのは、容易く想像がついた。ここで、エリザベスまでシンシアの敵に回った。エリザベスがシンシアの手元を見て目を丸くしたのは高価だからじゃない、自分も同じ物をもらっていたからだった。
 エリザベスはシンシアと同じ黒いビロードのアクセサリーケースを開いて、シンシアに見せてくる。イヤリングとペンダント、髪飾りのセットが収められている。シルバーにヴァイオレットの石がはまっており、細かいデザインは違う。しかし、一目で明らかにお揃いだとわかる品物だった。

「わたくしとシンシアのおばさまが同級生だったお話をしたでしょう?その時、私たちもアクセサリーを贈りあったり、お揃いの物を揃えたりしたのよ」
「お母様とシンシアのおばさまが?」
「ええ、ベティとシンシアと同じように、一番仲の良い親友だったわ」

 再度、貰ってくれる?と尋ねられて、シンシアは頷く他なかった。

「ディナーの時は頂いたアクセサリーでおめかしします」
「あら素敵。お母様、わたくしもそういたします。髪の毛のアレンジを手伝ってください」
「もちろんよ。二人ともうんとおめかししましょうね」
「はは、私はディナーで三人のプリンセスに会えるのか。心の準備をしておくよ」

 ヘンリックの冗談に、みんなでふふ、と笑いをこぼす。まだ開けてないプレゼントがあるよ、と促されて、エリザベスとシンシアはツリーの元へ戻った。

「あれ、これ…?」

 最後の一つのプレゼントは、無記名だった。たくさんのプレゼントの山の中、隠れるようにひっそりと置かれた小さな箱。高級品ばかりで感覚が麻痺してしまっているが、普通に考えれば上等な包装で、とてもセンスが良かった。両開きのリングケースのような箱をパカリと開けると、黒いサテンの中、ブロンズの台座に水晶玉が乗っていた。そしてその水晶玉がゆっくりと回り、何やら煌めいている。
 ヘンリックにお願いして部屋の明かりを消してもらうと、広いダイニングに満点の星空が広がった。

「わぁ!」
「まぁ!」

 シンシアとエリザベスは驚いて、その光景を眺めた。飲み込まれそうなほど澄んだ星空だ。しばらく圧倒されて、そのまま見ていた。やがて衝撃と感動がおさまってくると、シンシアはそっとケースを閉じて胸に抱えた。
 それを見て、ヘンリックがさっと杖を振って、再び明かりを灯してカーテンを開けてくれた。明るくなった室内で、エリザベスが興奮したように誰からのプレゼントか聞いてくる。シンシアは思い出したように、ケース以外に何か入ってないか探して、包装紙に紛れたカードを見つける。黒い紙同士だったので、見落としていたらしい。
 小さな黒いメッセージカードには、銀のインクで綺麗な文字が綴られている。

シンシアへ
メリークリスマス
君に星空を贈ります
マグルのプラネタリウムも真似た物だけど、
気に入ってくれると嬉しいよ
また新学期で
R.A.B

 イニシャルの横にはライオンだろうか。スタンプが押してあった。

「R.A.B……ライオン…。分かったわ!レギュラス・ベネットよ!」
「確かにイニシャルは合ってるけど、私、彼のミドルネーム知らないし。グリフィンドールだから獅子ってまんまじゃ…」
「ミドルネームはわたくしも知らないけれど、間違いなくレギュラス・ベネットよ。その獅子はグリフィンドールのシンボルだけじゃないわ。レグルスは獅子座の星の一つだもの!」
「ベティ、Mr.レギュラス・ベネットだろう?」
「あ、ごめんなさい、お父様」

 レギュラスがグリフィンドール生だからといって獅子は安直すぎやしないかと思ったが、続くエリザベスの解説には納得した。天文学の授業は一年生から始まっているが、まだ夏の空は観察していないので、レグルスのことは知らなかった。エリザベスはもうそんなところまで予習が終わっているのだろうか。
 エリザベスの口調が乱れたことを、ヘンリックが指摘した。シンシアも先程から少し乱れていたな、と思い気を引き締める。ハワード邸にはレディとしての振る舞いを学びに来たのだ。

「レギュラス…」

 ポツリとヴァイオレットが呟いたのには、誰も気付かなかった。

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