汽車の中で

 クリスマス休暇はあっという間に過ぎた。クリスマス当日はみんなでドレスアップしてディナーをとった。ヘンリックはドレスアップした女性陣を見てたくさん褒めてくれたが、ヴァイオレットのエスコートをしてラブラブし始めたので、シンシアとエリザベスは少し参ってしまった。
 クリスマス以降は、ヴァイオレットによるレディ・レッスンや、エリザベスと共に宿題をして過ごした。

「シンシア!エリザベス!こっちよ」

 9と3/4番線へ姿現しすると、コンパートメントからフレデリカが手を振ってくれた。席をとっておいてくれたらしい。シンシアはヴァイオレットに丁寧にお礼を言ってから、エリザベスとともに汽車に乗り込んだ。
 コンパートメントに着くと、フレデリカが真っ先にシンシアにお礼を言ってきた。フレデリカはみんなによく紅茶を振る舞ってくれるので、高級茶葉を何種か送ったのだ。余程気に入ったようで、家族みんなで楽しんだ話や余りを持ってきた話をしてくれた。
 もうすぐ汽車が出発する頃になってようやくローズマリーが来た。ローズマリーにはシンシアの好きな作家のシリーズものの本をプレゼントした。ローズマリーもシンシアのプレゼントが大層お気に召したようで、「おかげで連日没頭して、今朝は寝坊した」と恨み言まで言われてしまった。
 ローズマリーは仮眠を取るそうなので、三人で声を小さくしてクリスマスについて話す。

「フレデリカったら、嬉しいわ。でも、あれはどうなの?ありがたく使うけどさ…」
「あら、わたくしは素晴らしいプレゼントだと思いますけれど」

 シンシアが思わずフレデリカに恨み言を言うと、エリザベスとフレデリカの二人がかりで、全力で揶揄われてしまった。箒から落ちたシンシアが悪いし、まさにシンシアに必要な物だとも思うが、子供向けの安全魔法付与のアイテムというのがどうしても受け入れきれない。

「わたくしとしてはMr.レギュラス・ベネットからのプレゼントの方が忘れ難いですけどね」
「まあ!プレゼントを頂いたのね?一体何を貰ったの?」
「マグルのプラネタリウムっていう、時間や場所を選ばず星を見れる物を参考にした、水晶玉を…」
「水晶玉から星の光があふれ、壁や天井に満天の星空が広がって。とても幻想的でしたわ」
「きっと聞くより見た方が早いんでしょうね。寮についたら私やローズマリーにも見せてほしいわ」
「もちろん。そうしたら今日はパジャマパーティーね」

 レギュラスのプレゼントは本当に素晴らしかった。今夜みんなにお披露目するのが楽しみだし、きっと鑑賞会にはフレデリカの美味しい紅茶も付いてくる。
 スリザリンは嫌われることの多い寮だけれど、組み分け帽子の言ったように真の友が得られる。ホグワーツで過ごす七年間の価値は、一緒にいる人で何倍にも跳ね上がるとシンシアは考えている。楽しみなことばかりの学校生活に、シンシアは心からスリザリンに組み分けされて良かったと思った。
 そんな時、コンパートメントのガラス戸が控えめにノックされた。寝ているローズマリーを除いた三人が見ると、少し申し訳なさそうにしているレギュラスの姿があった。まだ制服に着替えていないようで、シャツとスラックスの姿が新鮮だった。シャツもスラックスも既製品のようだが、しっかりとアイロンがけされていてシワひとつなく、レギュラスが着ていると一級品に見えた。全体的にモノトーンでまとめているが、グレーやグリーンの差し色を入れており、センスの良さが伺える。
 一瞬反応に遅れたシンシアのつま先を、エリザベスがローブの裾に隠して分からないように軽く蹴り、シンシアはやっと立ち上がって扉を開けた。そのまま話そうとしたら、シンシアと同じく通路側にいたフレデリカが背中を押してきたので、シンシアはレギュラスにぶつかってコンパートメントから押し出された。

「揺れてバランスを崩したのね。気をつけてね」
「用があるのはシンシアにでしょうから、ゆっくり話していらっしゃい」

 確信犯な二人をシンシアは振り返って睨むが、二人ともとても優雅な笑顔である。これはダメだ、と思い、シンシアは大人しくコンパートメントの扉を閉めてレギュラスと話すことにする。

「受け止めてくれてありがとう」
「怪我はないですか?」
「大丈夫よ」

 レギュラスはシンシアを難なく受け止めてくれたし、密着してもさらりと受け流して心配してくれる。シンシアは頬が赤くなりそうなのを必死に平常心を装って堪えているのに、レギュラスがあまりに紳士的なので本当に同級生かと思ってしまう。

「あの」
「あの」

 シンシアが空気を変えたくて口火を切ると、レギュラスと全く同じタイミングだった。二人でほんのちょっと目を丸くして固まって、ふふっと笑い合う。

「声をかけてもらって何だけど、私から言わせてもらってもいい?」
「はい」
「クリスマスプレゼント、ありがとう。本当に素敵だった。あの子達ルームメイトなんだけど、今ちょうどレギュラスのプレゼントについて話してたの。今夜、みんなであのプラネタリウムを使おうって」
「気に入ってもらえてよかったです。作った甲斐があります」
「え、レギュラスが作ったの?」

 自作発言にシンシアはびっくりする。まだ浮遊呪文だとか基礎的な内容しか習っていないのに、あんなにクリエイティブな魔法を応用までさせたことに驚いたのだ。上級生に手伝って貰ったのかもしれないが、それにしたってとても一年生があのクオリティで作ったとは思えなかった。

「ええ、まあ。僕の家はさほど裕福という訳ではないので、占い用の水晶玉を買って、僕が魔法をかけたんです。スリザリンには名家が多いので、マグルの製品を模した物だったり、まり高価でないものを渡して迷惑じゃないか心配だたんです」
「プレゼントは値段じゃなくて気持ちよ!私はエリザベスとかと違って名家というわけでもないし、気にしないわ。あんなに素晴らしい物なんだもの。むしろ助けてくれたお礼にってプレゼントしたのに、私も貰ってちゃダメね」

 首の後ろを触って少し照れた様子を見せるレギュラスは年相応に見えた。さっきよりも小さな声で言いにくそうに家の事情を語ってくれたレギュラスに、シンシアは胸がきゅうとしめつけられる思いだった。彼が感じているのは、ヘンリックとヴァイオレットに気後れした時のシンシア自身だ。
 あの時のヘンリックとヴァイオレットみたいに、上手く伝えられるだけの力がシンシアにはなかった。その分、たくさん言葉を重ねてレギュラスに気持ちが伝わるようにした。でも最初の勢いは続かなくて、段々尻すぼみになっていくので、本当に格好がつかない。

「そんなこと、気にしなくて良いんですけどね。当たり前のことをしただけですから。僕の方こそ、素敵なペンケースをありがとうございます。羽ペンとかインクってかさばるし、落としたら大変なので助かりました」

 そんなシンシアの気持ちまで汲んで、レギュラスはお礼を言ってくれる。シンシアには意地悪でヤンチャな弟しかいないが、お兄さんが居たらこんな感じかとも思う。同級生に対してお兄さんも何もないけれど。

「レギュラスは箒に乗るのが上手いよね。二年生になったらクィディッチの選手になったら?スリザリンとしてはレギュラスが選手なのは脅威だけど、一個人としては向いてると思う」
「箒に乗るのも、クィディッチも好きですね。選手になれればいいな、とは思ってますけど、試合に出れるのはほんの一握りですから。でも、来年挑戦はしてみようかと思います」
「選抜は寮の秘密だから、試合の日を楽しみにしてるね」

 話がそこでひと段落したので、レギュラスもそろそろ戻る、と切り上げた。あまり友達の元を留守にして、探された時にスリザリン生といるところを見られても面倒だと思う。見送るのもそこそこにシンシアがコンパートメントに戻ると、品のよろしい笑みを浮かべている二人が真っ先に目に入ってくる。二人の中身を知るシンシアは、その笑みがニコニコではなくニヤニヤなのを知っている。シンシアはわざと取り繕った満面の笑みを浮かべて応戦した。

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