
November
利口な子供の見解//周防桃子いつもなまえさんは、桃子のことを子供扱いする。だから、嫌いだ。
例えば、現場が一緒になって、たまたま帰りが遅くなった日。日付がもうすぐ変わるような時間帯だったから、すごく眠く感じたけど、桃子はプロだから、そんなことはおくびにも出さない。あくびももちろん、噛み殺す。なんでかはわからないけど、なまえさんは桃子が眠く感じているってわかったみたいで、頭をなでて、それから自分の膝を叩いた。最近は桃子たちの活動も活発になってきて、お兄ちゃんが現場に付きっきりになることはなくなったから、迎えに来るまで寝ていいよって言いたいんだと思う。765プロはプロデューサーが一人しかいないし、なにより所属している子が多いから、大抵は送迎と上の人に挨拶をするとお兄ちゃんは違う場所へと車を走らせるのだ。今日もいつもと同じで、いろいろな現場を回ってからここへと来る。確かに車に乗れるまで数分か、一時間後かもわからないのだから、きっと寝たほうが効率的で、体にも優しいのだろう。でも、なまえさんの膝で寝るのはヤダ。子供っぽいし、誰かに見られたら恥ずかしいもん。
「桃子ちゃん、眠くないの?」
「別に。全然ですけど。なまえさんは眠いんですか?」
桃子のこと、絶対子どもだと思ってる。こんな時間にいつもベッドに入ってると思ってるからそんなこと言うんだ。まあ、お仕事ない日はこの時間に横になるけど。
「う〜ん。ちょっと眠いかなあ……最近はお仕事増えてきて忙しいでしょ? 学校の勉強とかもあるし……」
なまえさんは、けっこう頭のいい学校に通っているらしい。恵美さんに琴葉さんと二人で勉強を教えている所を見たことがあるから、なんとなくわかる。桃子も高校生になったらどんなこと勉強しているんだろう。ちょっとわくわくする。でも、今は眠いから、また今度考えよう。
「ふ〜ん。そしたらなまえさんが今寝ればいいじゃないですか」
「いいの?」
「別に、良いも何もないでしょう」
そう、桃子的には、軽くあしらったつもりでいた。なまえさんはいっつもふわふわしてて、でもちゃんとしてて、見習いたいところもたくさんある。今日だって、なまえさんが機転を利かせてくれたから、桃子の失敗も笑えることになったのだ。でも、こんなにたくさん喋ったことがないから、どう扱って良いのかわからない。桃子のことを子供扱いする人なんてたくさんいたけど、なまえさんは自分も子供みたいになって話しかけてくるから、変な気分。
「えへへ。失礼しま〜す」
「ひゃっ! な、なんで桃子が膝枕なんか……というか、重い!」
「あ〜! 女の子に重いなんて言っちゃダメなんだぞ! そんなこと言う桃子ちゃんは、プロデューサーさんが来るまでこのままの刑〜」
「ちょ、ちょっと!」
「おやすみ〜」
天国のかわりに宇宙//天空橋朋花
「朋花様って、天国信じてますか?」
「天国、ですか……?」
「そうです。死んだら善行を重ねた人が辿り着けるという天国です」
「そうですね、私は、あまり死後の世界というものは信じていませんよ。見たことがないんですもの。写真でも、現実でも。想像上のものとしてでしか、この世界には天国というものは存在していませんからね」
「なるほど〜朋花様は目に見えないものは信じないんですね。でも、天国がないって思ってると、生きづらくないですか?」
「生き辛い、とは……?」
「う〜ん、死後の世界が無いとしたら、今まで死んできた人は何処にも居ないってことじゃないですか。良いことをした人は報われて、幸せな天国で暮らしてて、悪いことをした人は償うために、地獄で暮らしている。そう考えると、なんとな〜く良いことしなくちゃなって思えるし、死んでも幸せに暮らせるんだから、そこまで気を張り詰めて生きなくてもいいのかなとか、そういうことを私は考えるんですよ。でも、朋花様は天国とかを信じていないんですよね。見たことがないから。空想だとしても今しかないって考えると、大変なんだろうなって……」
「なるほど。確かに、そうなのかもしれませんね。ですが、生きている今、死後の世界のことなんて考えてどうするんですか? なまえさんは、空想だとしても、と言いましたが、現実の今のことを考えるほうが、確実ではないものを想像するよりも、きっと楽しいですよ。遠いですが、絶対に存在する宇宙の広さを考えるほうが、届かないとしても、いつの日か辿り着ける日が来るかもしれないのですから、天国よりも宇宙のほうがいいのかもしれませんね」
「……朋花様って、合理的な考え方をするのですね。確かに、あるかないかわからない天国を想像して、そこでの幸せを考えるよりも、生きている今の幸せを感じたり、そのために何かする方が叶いますもんね。でも、どうして宇宙なんですか?」
「宇宙は存在してはいますが、未知の世界です。だからたくさん想像することができますよね。それに、科学の技術が発達すれば私たちが想像していたことが本当だったかどうか、確かめられます。とっても魅力的だと思いませんか?」
Baedeker's EDEN//星井美希
唇に熱が触れる。そこから、全てが溶けていくように感じた。世界の何もかもが。
「美希?」
私は、キスが苦手だ。いや、それ以上にスキンシップという行為自体がとても苦手に感じる。手をつなぐ、ということだけでもすごく恥ずかしく思えてくるし、抱きつかれるなんて二人きりじゃないと出来ない。キスは……恥ずかしいという感情すら越えてくるようなものだ。そんな受け身な私でも許してくれる恋人の美希には感謝をしているのだが、如何せん自分の好きなときに、突然してくる。
「どうしたの、なんかあった?」
そんな美希が、ただ軽く触れるだけのキスをしてくるときは、基本的に気分が沈むようなことがあったときだけだ。いつも人目を気にせずにハグをしたり口付けたりしてくる美希だが、二人だけの時、時折こういった甘えるような行為をする。きっと美希は私がそんな姿を見てすっごくときめいていることをしらないんだろう。
「ミキ、男の子になりたい。なる」
私の身体を締め付けるように抱きしめながら、頭をぐりぐりと胸に押し付ける。ちょっと痛いけど、なんとなく無理やり離す気にはなれない。
「男の子になってどうするの? 私より可愛い女の子が好きになっちゃった?」
「ちがう。女の子同士じゃ結婚できないって……だから」
なんだ、そんなことか。てっきりとっても美人な優しい人を好きになったのかと思ってしまった。
「美希は私と結婚してくれるつもりだったの? そうだったら嬉しいなあ」
「や、やっぱり、なまえもミキと結婚したいよね……! 大丈夫だよ、ミキが絶対ウエディングドレス着せてあげるから。ミキはお仕事で今までいっぱい着てきたから、本番でタキシードでも全然問題ないからね!」
「別に結婚式なんかあげなくたって、ずっとそばに居てくれるだけでいいんだよ。婚約しなくたって、指輪交換だってできるし、同棲だって……美希が結婚したいんなら、私は何も言わないけど、男の子にならなくたって、美希が居てくれるだけで幸せなんだ。美希は、それじゃ不満?」
結婚って、すごいことだと思う。互いを思う気持ちが書類上にまとまって、法律的に認められちゃうんだから。でも、それだけが恋人の幸せの全てじゃないと、私は感じる。結婚をしても、色々な理由から離れていってしまう夫婦なんてたくさんいるんだから。そう考えると、結婚よりも、そばに居られることの方が大切で、お互いを好きでいる気持ちが大事なことなのかなって、思えてくるんだ。
「そんなこと……ないよ。でも……!」
「結婚なんてしなくたって、幸せにはなれるんだよ。美希が男の子でも、女の子でも私は美希の隣りにいたい。美希と一緒に幸せになりたい」
「……ミキも」
ずるい大人のやらないこと//百瀬莉緒
私はずっと自分のことが嫌いだった。アイドルという選ばれた場所にいるのにもかかわらず、こうして誰かに頼りっぱなしじゃなければ生きていけないところも、未だに進んだ道を後悔してしまうことも、一人きりになると涙が出てきてしまう弱い心も。全てが私にとって嫌なことで、嫌いなことだった。
「なまえちゃん、またこんなところで……」
莉緒さんは、いつだって私を見つけ出してくれる。暗い闇の中でも、光あふれるステージの上でも、ふわふわとして今にも逃げ出したくなる私の手を、強く優しく、握ってくれる。
「ご、ごめんなさい。莉緒さん……でも、リハは終わってるので、気にしないで、ください」
こんな顔、見られたくない。涙に濡れて、ぐにゃぐにゃと歪んだ視界の中でそう思った。莉緒さんには、私の嫌な所を見てほしくない。もう遅いのかもしれないけど、情けない姿なんて晒したくないのだ。
「もう……」
莉緒さんの手のひらが、私の頬を包む。とても冷たくて、莉緒さんの心がこんな温度だったら、私を構わないのかもしれない、なんて思ってしまった。
「なまえちゃんがたくさん抱え込まなくてもいいのよ。もちろん、悩むことは大切だけど、なまえちゃんには涙は似合わないわ」
莉緒さんの心と似た、あたたかい唇が、私の瞼に触れる。ほんの少しだけ鮮明になった世界では、莉緒さんが優しく微笑んで見えた。