March

野の鳥は恋を知るか//ロコ
 キャンパスには様々な色が広がっていて、ロコはそれに赤い色を塗っていた。
「ロコ、今度個展やるんだってね」
「はい! ついにロコのアートを世界にエクスペンドしますよ!」
 私に向かって筆を突きさす。もう少し距離が近ければ顔についていた。危なかったな。
「もしも今、モチーフが見当たらないんだったら私のことを描いてほしいの」
 唐突なお願いに、ロコはどう答えるんだろう。少しだけわくわくしてくる。
「ええ、ぜひなまえさんを描かせてください! ロコがワンダフルなアートにして見せますよ!」
「ありがとう! すごく嬉しいよ」

「そこでなまえ、振り向いてください!」
「こう?」
「オッケーです!」
 小さな正方形のキャンパスに私が描かれる。ロコは紙の上に筆を滑らせているはずなのに、どうも体の輪郭に筆がなぞる心地があって、変な感じだ。
「ロコはこういう時には音楽かけないの?」
 間が持たなくなった気がして、咄嗟に口が開いて出てきた言葉は疑問だった。彼女はヘッドフォンをいつも持ち歩いているように思えたから、無意識に気になっていたのかもしれない。
「ええ、ロコのアートはナチュラルにもアーティフィシャルな中にも生まれるのです! 今日はなまえの音が聞きたくて、何もかけていないんです」
 なまえの音、という言葉に少しだけ胸が高鳴る。ロコの中の私のイメージと、私という音はどんな色になるんだろうか。ロゴだけの私を、私に見せてほしい。

途中までは恋物語//百合子
 スマートフォンに表示されている文字を見つめる。何度読んでも信じられない。何度読んでも嬉しくなれる。
「カフェにでも行きませんか……」
 ここからどんなラブストーリーが始まっちゃうのかな。やっぱりベタに告白されちゃったり? それともなまえさんのお家に招かれたり? 一緒にショッピングをしている中で素敵なことが起こっちゃうかも……!
「明日の洋服の準備と、持ち物を確認しないと!」
 ワンピースが可愛いかな。明日はちょっと肌寒いからカーディガンを羽織っても良いかも。好きな人に会うってだけで、明日はもっときらめくし、日常的なことも幸せに思える。
「恋の予習と言えば、やっぱりこの本だよね! ちょうどカフェとコーヒーがテーマだし……!」
 何度も読んでいたお気に入りの一冊だから、結末も何もかもわかっているけれども、やっぱりハラハラしてしまう。
 ぱたりと本を閉じる。ゆっくりと終わる話でも、最後には息を呑んで、読みふけってしまう。ほんの少し読んだら終わりにしようと思っていたのに、もう日付が変わりそうで、明日は遅刻しちゃいそう。せっかくなまえさんに会えるのに、やっぱり現実は物語みたいには上手くいかないのかな。

悔いてなお君を愛した//美奈子

ミリシタの美奈子エピ一話のネタバレしてます。なおかつ捏造してます。

「ごめんね美奈子。私が誘ったから……」
 悲しそうな表情をしたなまえが、私の家を訪ねてきた。責任を感じるのも、無理は無いと思う。本当は、ひとりで合格してしまった私が謝るべきなんだろう。でも、ここで私があやまったら、それこそ合格を断ったほうがよかったように思える。なまえたちのほうが、私よりもよっぽど真剣に受けていたし、誘われたから、なんて不純な理由でいた私のほうが間違いだったんだよ。
「なんにも言わないけど、ほんとは合格してるんだよね? ……美奈子は責任を感じてるかもしれないけど、もし、嫌じゃないんだったら、オーディションを辞退しないでほしいの」
 なまえならきっとそう言うって、私もわかっていたんだと思う。ううん。二人とも私の合格をきっと喜んでくれるだろうし、お祝いだってケーキを買ってきてくれるかもしれない。でも、私は納得できない。
「こんなこと言わないほうがいいのかもしんないけど……美奈子に私たちの夢を叶えてほしい。三人で舞台には上がれないけど、応援するから。美奈子の一番のファンになるから」
 歯を食いしばる。そうしたって、私のすすり泣く音は扉の向こう側に聞こえているのかもしれない。どうしてお母さんは許可なしに家に入れちゃうのかな。
「み、美奈子がお家を継ぐからアイドルできないって言うんだったら、私が継ぐよ……! 今から弟子入りして、一生懸命頑張るから……だから」
 なまえらしいといえばなまえらしい。
「いいよ。断んない。事務所の人だって私に何かがあるって思って合格にしてくれたんだし、頑張ってみるよ。だから、なまえたちも諦めないで、他のオーディションとか受けて、ライバルとしてでもいいから、同じ舞台に立とうよ。私の家なんて継がなくていいからさ」
「う、うん! 私も諦めないで頑張ってみる!」
 諦めないと言ってくれて、少し安心した。責任を逃れたと言われても仕方がないかもしれない。でも、私が彼女の夢の一歩を潰してしまったかもしれないのに、どうしてこんなにも優しいのだろうか。

さよならしても強くなれない//やよい
 やよいちゃんは強い。学校だけでも私は大変なのに、たくさんいる兄弟の面倒を見て、アイドルをしているだなんて。
「おはよう!」
「お、おはよう……!」
 やよいちゃんは優しい。ぐずでのろまな私にも、優しく声をかけてくれる。友達がいないわけじゃないけど、みんなに無理をして合わせているだけだから、やよいちゃんと話す時だけは自分に嘘をついていないようで気楽なのだ。
「今日の数学、自習みたい!」
「そ、そうなんだ……私、当てられるかもしれなかったから……」
「わ、それは良かったね!」
 やよいちゃんは綺麗に笑う。口の端をくいっと上げて、目をぎゅ〜っと細めて、私の方を見て笑うのだ。テレビの中でもおんなじように。だから、明日転校するなんて言えない。明日も明後日もずっとずっと、テレビをつけたら笑顔の見本みたいなやよいちゃんの姿が見れるから。学校でしか見られなかったように感じていた姿が、どんなに離れていても確認できるのがすごく悲しい。私だけが、やよいちゃんから見えなくなるのはずるいよ。

傷のように開いたらほんもの//のり子
「バイクもプロレスも嫌いだったら、のり子とこんなに仲良くなかったのかな」
 ただのひとり言だった。のり子とは趣味が合うだけで、根本的な、価値観とかは全く違う。だから周りの人からは仲がいいと驚かれることが多かった。
「そんなわけないでしょ」
 少しだけ冷たく感じる。バイクの整備のほうが私の言葉よりも大切なんだろうな。友達がこんなに真剣に悩んでいるっていうのに。
「本当にそう思うの? 趣味が違ったら出会わなかったかもしれないんだよ?」
 私はめんどくさい女だ。何事も隅々まで確認しなくちゃ気が済まないし、何度だって同じ言葉を聞きたい。私はあなたの特別なんだよって何十回と、何百回と言ってほしいの。
「大丈夫だって、今出会えてるんだから」
 私の話聞いてないんだろうな。でも、のり子はそういう子だし、私はこういう私なんだよね。あーあ、のり子が私と同じことを考えてたらいいのに。