
May
みずうみのはじまり//水瀬伊織「綺麗な雨だね」
「そうね。でも今日の撮影が中止になっちゃったんだから、良い雨とは呼べないわ」
「雨だと外に出るのがなんとなく憂鬱になるしね。せっかくオフになったけど、今日は一日事務所で待機かな」
プロデューサーから突然告げられたのは、今日の撮影は雨だから中止、ということだった。雨は好きでも嫌いでもないけど、伊織が嫌だと思うなら私も嫌かもしれない。
「事務所でできることなんか、なんにもないっていうのに。どうせなら家まで送ってほしいわ、まったく!」
「伊織は宿題は持ってきてないの?」
「そんなもの、もうとっくに終わらせてるわよ。現場に入って他のことに気を遣うなんてプロ失格だから、毎回すぐにやってるの」
ぐちぐちとプロデューサーへの嫌味を言う伊織を横目で見ながらカバンから宿題を取り出す。高校生になると宿題は増えるんだよ、って教えてあげたいけど、きっと伊織ならすぐに終わらせちゃうのかも。
「ほんと、プロデューサーって効率を考えないわよね。今頃誰々の現場に間に合わない!って弱音吐きながらビュンビュン車を飛ばしてるんだわ!」
「伊織ってさ、プロデューサーのこと」
好きなの。って、疑問符もつけずに一方的に言ってみたかった。
「……いっつも悪く言うよね。良いところ、そんなにないかな?」
私は弱虫。だけど誰よりも伊織が好きなんだよ。好きになるのもつらくなるのも嫌いになるのも、全部許してね。
欠落で在り続けるために//北上麗花
れいかさん、レイカさん、麗花さん。麗しい花。素敵な名前のきれいなお姉さん。
「れいかさん、またですか?」
「う〜ん、そうみたいですね!壊れちゃったので直してもらってもいいですか?」
「はい、いつもと同じくらいの時間に、お金持って来てくださいね」
「了解しました!よろしくおねがいしますね」
れいかさん愛用の、この原付。イエローが少しくすんでいるようにも見えるくらい年季の入った代物だ。結構前に、新しく買い直したほうがいいかもと提案したのだが、これ以外に乗るつもりは無いと断られてしまった。どれだけ大切にしても、何度も修復を重ねても、ものには限界というのがつきもので、こいつはもうギリギリといったところ。何を言っても聞かないと思うから、もう買い直すこととかは提案しないけど、いつ急にエンジンが止まって山道とかで帰れなくなるかわからないから、少し心配だ。彼女は登山が趣味だと聞いたし。ぷすん、とかぽすん、とかそんなへんてこりんな音を鳴らしながら一応は正常に使えるこいつを見て、れいかさんのそばにいたいからずっと頑張っているのかもしれないと思った。そうしたら、私とれいかさんがまだまだ会えるように、もう少しだけぷすぷす言わせといてくれよな。
星と星を天秤にかける//双海亜美
亜美と真美、二つの海から生まれた星のようなふたり。私はそんなふたりの幼馴染で、亜美にずっと恋心を抱いてきた。おんなじような二人だけど、やっぱりどこか違くて、そばでずっと見てきたら、亜美のことが好きになっていた。何が始まりで、どういうところが好きとかは言葉に出来ないけど、真美よりもほんの少しだけ、亜美のほうが特別だったんだ。
ふたりが喧嘩をすると、いつも隣の私のうちに来る。でも今日は、亜美だけが私の部屋に駆け込んできた。
「なまえ、また喧嘩しちゃった……」
「今日はどんなことで喧嘩したの?」
「もしも、真美が不倫してたらどうするかって話……」
「今回もまた面白い内容だね」
「面白くなんてないよ!真美は、亜美が不倫してたら、絶対に怒るって。離婚してからにしなきゃだめだって。でも、亜美は好きになるって気持ちもわかんないから、真美となまえで考えてみたんだ。それでも、二人ともおんなじくらい大好きだから、選ぶなんて、亜美にはできないよ……」
「そっか、でも、私と真美と亜美の関係はその人とは違うから、ちょっとおかしな感じもするね。私達は友達だけど、その人たちは愛しあってるから」
「でも、亜美にはまだ、恋とか愛とか難しいよ……」
悲しい表情なんて見たくない。だけど私は、亜美と真美を選べてしまえるんだ。
入れなかったお砂糖の話//双海真美
「真美、紅茶飲む?」
「うん、飲むからそこらへんに置いといて〜」
「もう、ゲームもほどほどにしなよ」
どこにでもあるようなカップにこぽこぽとよく分からない紅茶が注がれた。ハーブティーとか、そういうのは詳しくない。美味しければそれだけで良いのだ。
「あ……」
カップの乗ったお皿には角砂糖がない。甘い紅茶ならまだしも、なまえちゃんは渋いほうが好きって言ってたから、多分砂糖を入れないと飲めない。でも、なんか言うのはいやだ。子供っぽい感じがする。
「……うっ」
赤とオレンジの中間、夕日がだんだんと沈んでいくような色が広がっている。きれいなのに、飲むと渋くてちょっと顔をしかめてしまう。頼んで砂糖を入れたら、もっと美味しく飲めたけど、何も入れずに飲むみょうじさんを見ると、遠かった距離が少しだけ縮まった気がした。
歓びも哀しみも何ほどの//望月杏奈
杏奈が好き。杏奈が世界で一番美しいと思う。
「杏奈」
「どう、したの……?」
「なんでもない」
名前を呼ぶ。優しい和音が返ってくる。愛おしさが押し寄せて、飲み込まれて、好きが増えた。
杏奈はいろんな色を見せてくれる。私の知らない、私が見える。今日は悲しい。杏奈がたくさんプロデューサーと話したから。杏奈のきれいな笑顔が背中を向いていて、こっちを見てほしいと思った。杏奈の笑顔はたくさんの色でできていて、杏奈の姿が一番きれいに見えるから。でも杏奈は、私だけのものじゃない。杏奈は杏奈のものだからね。だから誰を愛しても私は否定出来ないよ。でも好きなんだ。