06:休めば吉

杉「女王さん、女王さん」
「・・・だれか、ナカムラを呼んで。スギタが会議室に迷い込んでいる」
杉「あいつ寝てるよ。ゲーム徹夜してたから」
「あんのくそナカムラ」
杉「だから今日は俺が代わりにやろうかなと」
「・・・えっ」
杉「え、」

一国の女王さん。噂通りの顔と性格は、見るものを圧倒させるというか恐ろしいというか、冷めきった瞳で見つめられると俺の中のたまらないマゾっ気を引き出してくれるような、そんな感じがする。

「あなたが?」
杉「そうですね」
「、出来るの?」
杉「一応サクライさんに伝えたら、OK出ました」
「・・・そう、」
杉「おねしゃーーーす」
「(あとでサクライに意図を聞こう)」

ふらりとこの城に入り込んで数ヶ月が経とうとしている。何故かとんとん拍子で話しは進んで、俺が今ここにいる謎と言ったら相当なのだが、ご飯も寝床も娯楽も十分にあるこの場所は、どっかのネバーランド的な感じでいつか出荷させられるのか?なんて思ってしまうほどに快適で居心地が良い。

杉「毎日お世話になっているからさすがに働きますよ、うん」
「もう傷は治ったということ?」
杉「あ、それはえーっと、あの、」
「、治ってないのなら働かなくていい。別にあなたにそれを求めているわけではないから」
杉「いや、えっとちょっとまって」

春の嵐とかいう変に強い風が窓を叩きつける。がたがたと揺れたあとに、高いとも低いとも言える風の音がして、騒がしい天候だと皮肉に思う。女王さんはきっと皮肉を込めて俺にそう言っている訳ではなく、ただ俺の心臓をびくりとさせることを尋ねてきた。傷か。傷はもうはっきりと塞がっている。それこそ整いすぎた環境のせいで傷口も良くわからなくなるほどに、完治してしまった。

「どうかしたの」
杉「女王さんさ、なんで部下に名前で呼ばせないの?」
「?突然ね」
杉「・・・"〇〇"姫」
「・・・姫じゃないわ。王よ、私は」
杉「まあいいじゃない」

誰だって居座りたい空間があるはずで、でも望んだ場所が遠いなんてざらにあって、その喪失感が人を動かしているんだと思う。短すぎた思い出を大事に取っておこうとする度に、それがただの幻覚だったことに気づいてしまう。

「・・・キショーも変なものを連れて帰ったものだわ、」
杉「え、俺のこと?」
「ほかにだれが?」
杉「俺ですね、はい」

負った傷には鼻から意味もなく、いえば何かのこじつけだった。キショーさんがたまたま俺を拾ってこの屋敷にいるわけだけど、別にそうならなくとも俺はあの時死んでいたってそれでよかった。

「・・・あなた、」
杉「?はい」
「、なんでもないわ。気にしないで」
杉「えーなんですかあ」
「・・・私と同じような気がしただけ」
杉「え、(どこが)」
「何かを失ったような目をしたから」

ここは居心地がいい。誰も俺を責めるものもいないし、咎められることもない。お世話係のカジくんは甲斐甲斐しく俺の洗い物までしてくれるし、寝床は掃除が行き届いている。目の前の女王さんに至っては、俺の見せない何かを勝手に見通して、それで俺を憐れな目で見るんだ。失ったもの?ありすぎて忘れたわ、そんなもん。

杉「俺、スギタです」
「ええ。知っているわ」
杉「せっかく何かの縁でここに来たんで、よければ永住したいんですけど」
「なんて無礼なひと、」
杉「意外と腕っぷしは強いほうなんです。どうですか?」
「・・・あなた、私と取引してるの?」
杉「それは、あなた次第ってやつだ」
「、そう。では私の番犬にだってなってくれるつもりで言ってるのよね?」
杉「べつに、命令されるんなら、従うのみ」
「・・・そう、」

そのとき、彼女は初めて笑った。その表情に見える少しの影は、多分ずっと消えないものなのだということは、直感的にわかった。

「いいわ。その取り引き、受けてあげましょう」
杉「、!やーりい」
「ナカムラと遊び呆けたのならすぐ追い出す、もれなく2人とも」
杉「へいへい。ではお手を───〇〇女王」

俺は守れるものを守れなかった。だから死にたかった。意識が切れる頃に聞こえたのは、守るべき奴らの声で、それがずっと苦しかった。たとえそれが幻覚だとしても、俺の癒えたはずの傷口はいつだって痛む。口付けした女王の手は、あの人に似てひくほど冷たかった。それからすごく、脆い指先をしていた。




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(〇〇にスギタが住み込みで働くこことを聞いたサクライ)

櫻「え、・・・?」
「あら?そういう見込みでサクライはスギタに働くことを許可したのかと思ったけれど、」
櫻「いや、そんなわけでは」
「ではどうして許可を?」
櫻「・・・私は、何か盛大にやらかさせて、満を持してここからスギタを追い払おうかと考えておりました。もれなくナカムラも」
「お、おう・・・(私より非道な人、)」