■ ■ ■


匂いが強くなった。それは多分黒尾のもの。だからそれをキスで描き消した。そしたらなまえは、俺の?

「私にもよく分かんないんだけど、」
「黒尾と付き合ってんでしょ?」
「なんで知ってるの」
「花巻から聞いた」
「ああ貴大、」

せめて胡散臭い香水でもいいから誤魔化してくれればいいのに。と思っても俺の前でそれを隠す理由はないので、黒尾くさいなまえを受け入れた。なまえは何も変わらず、俺の投げ掛ける適当な動きに適当に応えていて、俺の愛には全く気づかずじまいだった。

「で、どうなの」
「んん、どうってどういう」
「そのー…楽しいの」
「普通、」
「…ふうん」
「え、なんで嬉しそうなの 」
「はーい?」
「えっえっ、ちょっ一静、」

いっそのこと拘束してしまいたいくらい。裸のなまえを押し倒して見る景色はそれは壮観で、不意打ちで驚いた彼女を見ては可愛いと思う。誰の誰のものにもならないって言ったじゃん。殴り書きみたいに脳の片隅に滞在する言葉を必死に消していた。余裕がないのだ。俺になまえを繋ぎ止めれるものが、どこにもないから。

「…もう1回シよっか」
「ん、はあい」
「今日はやけに素直だね」
「そう?」
「うん」
「なんか、あれかも。背徳感?」
「はい?」
「鉄朗がいるけど、こうして私たち一緒にいることが、?」
「…そういう気持ちあるのね」
「一応。貴大に教えてもらった」
「あっそ、」

彼女の口から出る男の名前が嫌い。だからそれをキスで封じてから行為に集中した。同じマンションだから。俺は多分それだけで繋がってるだけだと分かっていた。いたけれど、とてもじゃないがそれを受け入れることは出来ず、こうしてヌルヌルとなまえと繋がりを求めて、いつの間にかなまえは違う男のものになろうとしている。

「っ、いっせえ 」
「ん?」
「なんか、っ辛そう」
「はっ、」

達する一瞬。なまえは俺の頬に手をあてて、心配するように目を合わせた。ずるい。どうしてそうやって、おまえしか見えなくさせるんだ。

「…なーに言ってんの」
「あれ、?勘違い?」
「デショ。俺はなまえといれて幸せ」
「そお?じゃあわたしも」
「じゃあ、は余計」
「わたしも幸せ」

幸せ、だったんだ。そりゃあ大の大人が胸を焦がれるくらいに、俺はなまえを愛していた。それでも、もうダメだ。行為していても、どこかなまえの影に黒尾を予見してしまうし、実際彼女は

「なまえ、」
「ん?」
「やめようか」
「へ、」
「こういうの」

どこか落ち着いた顔をしているから。花巻から話を聞いた時から、なまえはそういう関係を減らし出したのを俺は知っている。最後に残ったのが俺だったのは嬉しいけれど、酷だった。もう、身が持たないと思う。なまえに触れると、なまえは少し眉を下げてこちらを見た。なんで。そう言ってるみたいで、思わずその蜘蛛の糸みたいな髪の毛に手をやった。

「黒尾のとこに行ってやんな」

鼻がツンとした。なまえの顔を見たら泣きそうだったので、ただ抱きしめることしか出来なかった。





理想と現実の先




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