■ ■ ■


春がきた。といっても、かなり早めの春。

「てつろー」
「んー」
「ちょっと、待って」
「遅れるぞ」
「だから待ってって、!」
「へい、」
「…あ、りがと」

未だにむず痒くなるのは、季節のせいだろうか。鉄朗は相変わらずニヤニヤと笑っていて、私はどうしてかそれを躱すことが出来なくなっていた。キス、される。分かっていて嫌だったら拒めばいいのに、今の私には拒む理由が無くなっていた。

「…ん、」
「相変わらず、ヤラシイ」
「うるさ、!誰がさせてんの」
「俺」
「…分かってるなら言わなきゃいいのに」
「分かってても言いたくなんの」

春はプカプカとしていて居心地が悪い。暖かさは生温いとしか思えなくて、いつも嫌いだったのに今私はこうして鉄朗の生温い愛を受け入れている。鉄朗はどんどん私の前でかっこよくなっていった。彼から可愛いと言われるのをいつの間にか恥じらう私がいた。でも、それは苦しくはなくて、寧ろ心地が良くて。

「…春みたい」
「は?」
「いや、こっちのはなし」

馬鹿馬鹿しい。多分、このまま私はきっと鉄朗に染まっていく。もう誰のものでもない、1人の男のものになるんだと思う。貴大でも徹でも、一静でもないトサカ頭に抱かれて、神経まで鶏みたいな淡白で味っけのない女になっていくんだと思う。最後にキスをした一静の顔は、出会って1度も見たことないくらい苦しそうな表情で、今までしてきた自分の行為が悪い事だといわれてるみたいだった。
いわれてる、じゃなくて多分世間からみたら私は相当はしたない女、だった。

「鉄朗」
「ん?」
「今の私ってどうよ」
「なまえ、?んー可愛い」
「そお?」
「おう」
「…そ」
「お前はずっと可愛いよ」

それでも鉄朗は私を可愛いという。じゃあもういいや、と投げ出したそれは賢明な判断なのだと思う。それが普通の恋愛なんだよ、と天童氏に言われた。普通って言葉、嫌いなんだけどなあ。でも私はもう普通が似合う位何でもない女になって、そんな何でもない私を、鉄朗は愛してくれるらしいのだ。

「…その言葉、わすれないでね」
「もちろん」
「嘘っぽ」
「いや嘘じゃねえし」
「、そ」

誓いのキスみたいにこっちからキスをした。鉄朗は少しびっくりした顔をして、そして嬉しそうに笑った。ふやけた笑顔は私たちの今の状況にぴったりで、なんだか私も吹き出してしまった。




消えてなくなりたいという瞳を誤魔化して




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