■ ■ ■


「…なまえ、起きて」
「、ん」
「意識飛んでたよ?そんなに良かったの」
「…、うっさい」

さきにスイッチを押したのはどちらだったのか、と乱れた衣類を戻しながら徹を睨む。当の本人は悪びれた様子もなく、職員会議だと間抜けなことを言ってくる。正しくいえば最もなことではあるが。先ほどとの振り幅に身体が置いてかれそうだった。

「ここにベッドあったらもう完璧だね」
「…何言ってんの 」
「俺となまえの愛の巣の話」
「もう徹は今日付で音楽室立ち入り禁止」
「え、」
「徹用のマグカップも捨てとく」

廊下を歩きながら、自分の身体から徹の匂いがするのがわかった。これでは絶対に隣の席の天童や一静に気づかれてしまうだろう。そう思うと職員室に入るのが一気に憂鬱になる。

「ね、俺襟立ってない?」
「いや、立ってないけど」
「そう?…なまえ先生、キスマーク見えそう」
「は?うそ、なんで付けてんの!」
「事情の流れだよね。…ん、ボタンもう一つ留めれば大丈夫」
「ほんと?」
「おーけ、」

「…お前ら、ここ廊下だぞ」

徹にブラウスのボタンを留めてもらったところで、後ろから声をかけられる。振り返ると眉間にシワを寄せた岩ちゃんがいて、確かにそうだと反省した。

岩「目立ちすぎ、お前ら」
「ごめん。迂闊だった」
及「気をつけマース」
岩「…両方から及川の匂いがする」
及「え?まじで!やっぱ分かっちゃうか」
岩「お前らまさか学校で…!」
「ああ、もう職員室行きたくない…」
及「大丈夫だって。俺の匂いわかる人、幼馴染みの岩ちゃんくらいしかいないよ」
岩「幼馴染みでもお前の匂い知り得たくないわ」
「そう、かなあ」

職員会議の欠席が一瞬頭によぎるが、そんなことすれば気難しい教頭からの叱責が目に見えているし、明日の朝の憂鬱感も半端ないだろう。仕方なく、後ろのドアから職員室に入る。既に他の先生は集まっているようだった。

松「おせーぞなまえ先生」
「ごめんなさい、」
天「また及川と一緒ー?あやし、」
「岩泉先生も一緒に入りましたー」
松「…なんかお前、及川くさいぞ」
「(ばれた)」
天「え、まじで?…学校とか及川やーるう」

席についた途端に茶化される始末に、自分の想定していた事が簡単に起こってしまう不運さを呪う。いや、不運を呪う前に徹の言動を呪うべきか。

天「音楽準備室ってエロスだわあ」
松「それよ」
「…学校にエロスとかないでしょう」
天「そう言って保健室でこの前クロちゃんとイイことしてたんじゃないのー?」
「は!してな」
松「盛ってんな、あいつら」
天「なまえちゃんのせいだわー」
「は?何もしてません」
松「保健室のマッキーともいい感じって噂を聞きつけましたけど、それはいかがですカ?」
「そんなのどこから」
天「さすが学校のマドンナ。噂が次から次に」


天童の大きな目がこちらを見てくる。常に何をしでかすか分からない彼は、目を見るだけで全てを乗っ取られそうな気がするから少しぞクリとさせるが、意地悪な事を言っては気が利くことをしてくれているので、なかなかにいい同僚である。

会議をそっちのけでコソコソ話しをし続けていると、今日は大した話しはないらしく会議はさっさと終わった。華の金曜日。今日は1週間が終わったことを意味していた。

天「はあー!やっと1週間が終わったーーー」
「あれ、成績締切いつだっけ?」
松「来週の火曜日」
「わー、間に合うかな」
松「俺休日出勤コース」
「あ、わたしもそれだ」
木「なまえーー!飯食いいこうぜ」
天「…きた、超絶運動馬鹿野郎」
松「…なんか中国語みたいだな」
「漢字の羅列」

木兎がこちらに向かって走ってきた。ここ職員室だぞ、と思いながらジャージ姿の木兎に目をやると、相変わらずキラキラした顔でこちらを見つめられていた。

木「黒尾と夜久と澤村も行くって!」
「ほんとに?んーじゃあ行こうかな」
松「俺も」
天「じゃ俺もー」
木「うほ、大人数だな!おーけー待ってろ!」

ふわりと香るのはブルガリの爽やかな香水の匂いで、木兎らしいと勝手に思う。木兎は、ほんとに嵐のようにブルドーザー式に周りを飲み込んでしまう。そう思ったのは私だけではないらしく、嵐みてーだな、と一静が呟いた。

岩「お前らもう終わり?」
松「なんか飯行こうって木兎が。人集めてるらしいし、岩泉もいく?」
岩「まじか。じゃあ配布物印刷したらそっち行くわ」
松「おーけ、伝えとく」
岩「おう、じゃああとでな」

岩ちゃんは今年は担任を持ち、とても忙しいように見えた。男らしい岩ちゃんは腕まくりをしながら、逞しく職員室を駆け回る。同い年なのにどこか頼りがいのある風貌な彼は、素直にかっこいいと思う。

松「なーにぼうっとしてんの」
「へ?」
松「…ったく、敵ばっかだな」

上から一静の声がする。上を見ると何故か鼻を抓まれ、彼のアヒル口だけが見える。最後に言われた言葉はうまく聞き取れなかった。

「いつものところだよね?」
「たーぶん、そうじゃね」
「一静送ってー」
「へいへい」

車の運転は気疲れするから嫌いだ。免許は一応あるが、誰かを乗せれるまでの技量がないので1人で精一杯である。誰かの運転に揺られながら、ふらふらと助手席で過ごす方が性に合ってると思う。

「寝たら起こしてね」
「えー寝てたら襲う」
「えっと、意味が不明」
「男は誰でも狼だぞー?」
「ぎゃーこわあい」

どうでもいい、取り留めもない話ばかりが生活に溢れる。こうやってつまらない事をいい大人が言うのも、徹との先ほどの行為も、とても"先生"という立場から果てしなく遠いことなのに、わたしたちは今、そんな遠いお仕事をしてしまっている。なんとなく矛盾しかない、と思う。

「まあ、一静なら別にいいけどね」
「…ほんとにお前は、センセイですか」




不純はだめです。わたしは、いいけど。
ほら、これも矛盾でしょう?


不純が許されるお年頃はどちら?




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