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初めてあったのは教員採用試験の会場。その時から既に周りに一目置かれていた彼女は、その優れた容姿で音楽の教師と来たから困る。こんなの、男のロマンではないのか。

黒「あん時、なまえ隣のやつから口説かれてただろ?」
「あー、そうだったかも」
及「な、なにそれ!初耳なんですけど」
黒「面接前だったのにそいつもやるよなー。ま、俺が妨害して事なきを得たけど」
木「黒尾かっけえな!」
「鉄朗のせいで逆に目立って恥ずかしかった、」
花「なんて言ったの?」
黒「え、俺のだからどっかいけって」
木「はああ!?」
及「なにそれ!ずるいわ!」

むさくるしい男どもの中でも1人華があれば結構それで解決する。今もそう。思い出話に花が咲き、もうあの日から3年だなあと振り返りながら中心はいつも彼女である。教員生活に慣れてきた手前、少し大人びたような同期の顔を見るのは何だか面白い。

「一まだ来ないの?」
及「来ないねえー。忙しいんだろうね担任」
天「あれ、夜久くんもでしょ?」
夜「俺は放課後ちゃちゃっとやってるから。あいつ、部活持ってるだろ?仕事やる暇ねえじゃん」
松「え、部活も持ってんの?」
夜「確か、剣道?」
「わ、超見たい」
及「してそー!岩ちゃんしてそー!」

岩泉は基本頼まれた仕事を断らない。前に理由を聞いたらそっちの方が経験になるから、らしい。俺は自由が欲しいので副担くらいしかしないし、担当教科をするだけで十分すぎると思っている。やる気の差、というところか。

岩「悪い遅れた」
澤「噂をすれば、」
夜「お疲れー」
岩「急にクラスの保護者が来て、話し込まれた」
天「うわ、だるっ」
「なんて?」
岩「なんだっけ今流行りの。ポケノンgo?学校で出来ないのどうにかならないかって」
花「…来たよ、そういうやつ」
及「学校だから出来るわけないでしょうが」
岩「高校生にもなって何言ってんだって、キレたかったわ」
松「だりー…」
夜「で、なんて言ったの?」
岩「学年担任に対応してもらった。仕事も捗らないし、最悪だったわ」
「お疲れデス。お注ぎしましょうか?」
岩「お、頼むわ」

上品な丈で留められたスカートをひらつかせながら、ビールを注ぎにいくなまえ。すらっと伸びた脚はどうしてこんなに人を駆り立てるのか、謎でしかない。

黒「わーいーなー。俺も俺も」
「なにもしてないでしょ鉄朗」
黒「外回り頑張りましたー」
夜「代わりに数学の授業しましたー」
天「はい夜久の勝ち」
「じゃあ夜久先生にもお注ぎしまーす」
夜「やりい」
及「俺も俺も!」
花「…ラチあかねえ、」
松「それよ」

隣にいる花巻が溜息をつく。鬱憤を募らせているのは俺だけではない。いつも自分のところにとどめておきたいと思っているのに、すっと交わされてしまう。それはでも、俺だけが感じていることではなく、きっと誰でもそうだ。一番敵わないのは、なまえ自身だと、そう思う。

天「あれえ?まっつんイジケてる?」
松「馬鹿言うな。ま、面白くはないケド」
花「思いのほか正直、」
松「嘘言ってもどうにかなる状況ならいいけどな」
花「お疲れデス」
天「俺が注いでやろーか?」
松「やめろ。きしょい」
天「人の善意受け取れよー、」

空いたグラスにノンアルコールのビールが注がれる。車を運転しないといけないので、お酒はもちろん飲めない。なまえは普通に飲んで少し頬が赤いようにも思う。まあ、あとからどうせ2人になれるのだし、ここは譲ってやってもいいんだが。

及「今日はなまえどうやって帰るの?」
「一静の車」
黒「また?」
「マンション一緒だし。」
及「俺も引っ越そうかなあ…」
松「絶対来んな。お前の追っかけが来られるの迷惑」
「そうだそうだ」
及「し、辛辣…」
「わたしは徹より、一のファンクラブ作りたい」
天「お?」
「校内長距離マラソン生徒抜いて優勝。相撲選手権ぶっちぎり1位。こんな男気他にどこにいる、」
天「あー、生徒泣かせの伝説ね」
岩「あれは、まあ大人気なかった」
「いいのいいの。最近のチャラいしか需要がない世界に、一が物申してくれれば」
木「ちぇー。俺も出ればよかった!!」
花「現役体育教師が活躍してどうする」
夜「てか、木兎は短距離派でしょ」
木「、…そうでした 」
松「そもそも論だな」

居酒屋は騒がしく、音が響いてしまう。純粋な耳が命の音楽教師にとっては悪影響でしかないはずなのに、なまえは無類の飲み会好きであるから問題だ。よく通るその声も、お酒を飲んでしまっては喉を傷つけるのに。
そんなお節介をしてしまうのは多分なまえだからであって、何時から俺はこんなになまえに執着しているのか。白い肌を見ただけで、いつも汚してしまいたい衝動に襲われるなんて末期だ。

松「俺、明日もあるからここら辺で帰るわ」
「あ、わたしもだ」
澤「明日休みなのに?」
松「成績締切まで間に合わねえ」
木「え?!俺やったっけ?」
夜「俺が手伝って終わらせた」
木「さ、さすがだ…」
「じゃあ、おつかれー」
松「お先ー」

外に出ると、蒸し暑い空気がぐわんと襲ってくる。身体が体温を合わせるのに必死になって、途端に汗が背中に感じる。

松「明日、どうする?」
「え?」
松「送っていこうか?電車、めんどくせーだろ」
「あ、うん…じゃあ、お願い」
松「うぃー。おっけ」
「やった、朝ゆっくりできる」
松「役に立てて光栄だわー」

話すと少しアルコールの匂いがする。隣から見ると、目が少しとろんとしていて、多分車の中で寝てしまうだろうとなんとなく予想できる。

松「飲みすぎたでしょ」
「え、そうかなあ」
松「目がねむそう」
「あー…否定出来ないかも」
松「ま、寝てもいいけど」
「一静いるから飲んでも大丈夫かなって、」
松「…はいはい」

お酒による悪ノリ。お酒による高揚感。お酒によるアヤマチ。今日は少し、肖っても悪くない気がする。こういうのを多分、魔が差した、というのだろう。

松「じゃあ、お礼頂戴」
「ん?」
松「いつもの送迎分、」

シートベルトを付ける前。助手席に凭れ掛かるなまえに顔を近づける。すんでのところで止まったところで焦った様子もないのは、お酒のせいか、それとも慣れか、はたまた受け入れているのか。

「…いっせえ、」
松「ん?」
「、シて?」

お酒による意思疎通。悪い気がする前に、その魅惑的な唇を味わうことしか考えられない。

松「…続きは、帰ってから」
「…はやく、」

そんなに急かさないでも、何時でも俺はお前を受け入れているというのに。






世界は性欲と煌めきがあればいい




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