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少女漫画は嫌いだ。だって、全て胡散臭い戯言だから。

二「なまえ先生ー」
「はーい?」
二「今暇ですか?」
「んー、する事は無いね。どうかした?」

恋愛は、大概自分の基準がある。それは人それぞれ違って、誰もが認める恋愛なんて、ほぼ存在しない。切ないとか、アブナイとか、禁断とか。どうしようもなくつまらない恋だって、溢れてるというのに。

二「先生に会いに来ました」
「それはどうも」
二「…ピアノ、弾いてください」
「お、キャラじゃないでしょうに」
二「ピアノ興味無いけど、なまえ先生には興味有るし」
「…すがすがしいほど直球でびっくりした」

二口くんは、よくここに来る。どっちかというとクールでチャラい系。ルックスでモテるであろうに、わざわざ年上のわたしのところに来るのか、謎でしかない。

二「だって、準備室入りたいって言ってもどーせ入れてくれないでしょ」
「わかんないよ。気分によっては入れてあげるかも?」
二「及川先生とかならすぐ入れてるけど、? 」
「お、よく知ってるね」
二「…中でヤってたりするの、」
「ん、何をやってるって?」
二「は、セックス」
「…直球すぎだね。それにうん、と言うわけないでしょ」

放課後や昼休みに暇を潰しに来る生徒は少なくない。一番端にあるといういい立地条件のせいか、なぜか羽伸ばしの場所になっている。それはまあ、生徒も教師もだが。

二口くんの顔は、実は嫌いじゃない。太い首のラインもいつもいいなあと思うし、筋肉から滲み出る若さが自分の老いを感じさせられ嫌にはなるが、触れたいとも思う。

二「じゃあ俺も入れて」
「準備室は居座るところじゃないのよ?」
二「学校中の噂ですよ?なまえ先生と及川先生、よく準備室で2人っきりだって。廊下でもイチャイチャしてたらしいし?」
「及川先生?わたし、及川先生タイプじゃないよ」
二「…ふうん」
「及川先生よりも、…二口くんの方がタイプかなあ」

わたしは、少女漫画に同情できるほど優しくも清純ではなく、教師を疑うほどの外道で、背徳的なものが大好きだ。何かを思って泣くことも、思い詰めることもなく、ただ自由に好きなことをやりたいタイプ。
二口くんの元に一歩一歩近づいて、その色素の薄い髪の毛に軽く触れる。二口くんは驚いて、それから少し口元を歪ませる。にやりとする笑みは、顔の整った男なら大抵引き込まれてしまう。
私は、きっと多分少女漫画でいうヒロインの悪役どころなのだろう。

二「茶化してる?」
「してないよ」
二「今度2人っきりでどこか行きたい」
「今も2人っきりだけど?」
二「…センセイ。俺、ちょっと本気」

髪に触れていた手を、二口くんの大きい手がやんわりと掴む。歳がいくら上でも男女の差はこうやって出てくるから仕方がないこともあるのではと思う。事実、教師と生徒じゃなかったのなら、簡単に彼にすべてを委ねているだろう。それは、わたしが女という性だからだろうし、センセイ、という響きが私をくすぐる事は否めない。

「残念。でもわたし先生なの」
二「こんな先生、いないでしょ」
「あら、あなたの目の前にいるのに」
二「、だから欲しいって言ってんの」

何時から男女という意識が出てきてしまうのか。高校生は子供ではない。でも、こうやって浅はかな事を願おうとするのは、結局子供だからだと思う。そして、そんな事を言うその他の男達も、所謂”大人”とは言えないのかもしれない。

花「…なーにしてんの、」
「…花巻先生?」
花「このショット、結構アウト」
「アウトなことはしてないけど。…まあ、二口くんこの話はまた今度ね」
二「は、嫌だ」
「我が儘な男は好きじゃないかなァ」
二「…じゃあまた来る」
「うん。そうして」
花「…(相変わらずなんちゅう教師)」

二口くんは未だ熱っぽい視線を向けてから音楽室を去っていった。それから貴大の溜息が聞こえて、わたしを見る。ここに来てくれたのが貴大じゃなかったら、色々まずかったなあ、なんて呑気に思う。でも、その時がまだ来ないというのは、わたしのこのスタンスがまだ神様から許されているんだと、勝手な解釈が働く。

花「ちょっとは気をつけなサイ」
「ごめんなさーい。どうかしたの?花巻先生」
花「んー、なんかなまえに会いたくて」
「はは。それ二口くんと同じ理由だよ」
花「まじで?俺もまだまだ高校生いけちゃうかー」
「制服着ちゃう?コスプレだけど」
花「お、なまえとなら大歓迎」
「あれ、わたしも?」
花「コスプレプレイとかしたいわ」

恋に年齢なんて関係ないなんていうけど、立場は関係するのが現実だ。大人が賢いのは、その立場の守り方が身についているから。貴大は準備室に入りながら、後ろ手に音楽室の鍵を閉めていった。許されない恋ならバレないようにすればいい、ただそれだけ。

花「俺、保健室よりこの部屋が好き」
「そう?」
花「なまえの匂いがする」
「え、くさい?」
花「そうじゃなくて。ソソられるの」
「そんな効果はないんだけど」
花「これはなまえのせいな、」
「あっそ」
花「ねえ、チューしよ」

白衣を羽織った彼との行為は、いつも危うさを感じさせるから好きだ。ピンク色の髪は、高校生と違って毛先を遊ばせていて、やっぱり違うと当たり前なことを思う。
でも、考えてることはみんな結局同じだ。

「…またいろいろ噂になる、」
花「なまえとだったら処分受けてもいいけど」
「何言ってんの」
花「ねえ。生徒たぶらかすより、俺と遊んで?」
「…なんか貴大、チャラい」
花「悪い?」
「さっき居た子も結構チャラいんだけど、貴大の方が1枚上手っていうか、」
花「ふうん。…それは経験の差カナ」
「うわ、現実味あるセリフ」

私はいつでも楽しいことが好きだ。脚の間に入り込んだ貴大の片脚を拒む必要はどこにもなく、近づく身体に腕を回す。やんわりと香る消毒液の香りが、危うさを孕ませて、やがて興奮へと替えていく。

花「まだまだ高校生になまえセンセイは早い」
「ナニソレ」
花「俺らで手一杯じゃないと困るの、…ま、こっちの話だけど」

どうしようもない、どんな物語にもならない恋愛が、わたしは好きなのだ。



余所には言えないこと




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