■ ■ ■


「はあ…」
黒「?どうかしたか」
「やだ、いま溜息吐いてた?もう世も末…」
澤「珍しいなそんなに落ち込んで」

この日、なまえは随分と落ち込んでいた。いつも整えられている華やかなメイクの下からは、顔色の悪さが窺えて、いつもとは随分と違うのが分かる。

「癒しが欲しい…」
黒「ここにいるじゃねえか、」
「…そういうのさ、自分で言ってて恥ずかしくないの」
黒「なんのコト?」
「鉄朗はそんな感じだよね」

大概こういう状態の彼女の原因は二つ。一つは毎月来る厄介な女性の付き物の場合(俺にとっても厄介)、もう一つは近い先に乗り気じゃない仕事がある場合だ。前者は先日一緒に見届けた為に違うとして後者だろう。なんとなく話を聞く風にして、松川の席を奪ってテーブルに寄りかかる。

「今年私募集じゃん」
黒「だな。俺も一緒に決まったし」
「今週ほぼそれが入ってるの」
澤「ほう、」
「そして来週は公開授業…」
黒「あーなるほど」
澤「確かに辛い」
「代わって、お願いだから代わって」
澤「代わってやりたいのは山々だけど、こっちも授業の穴空けれないんだよなー」
「うわあ…鉄朗は、」
黒「無理無理。夜久さんがキレますもうすぐ」
松「お前いい加減どけ」

最近誘いを断るようになったのはそんなことだったのかと合点がいく。こういう私立高校なんかは生徒募集に特に力をいれている。今年から俺となまえも駆り出されて中学校に出向く役回りになっていた。授業にも穴をあけるし、かなりの時間束縛されるので厄介な仕事周りである。

明らかに不機嫌な声を後ろから受けて、尻目に松川の面倒くさそうな顔を見届けながら席を降りる。さっきまで俺を睨んでいたというのに、今はもうなまえを愛おしそうな目で見てしまっているからコイツもどうしようもないと思う。

松「おまえ何ていうシラケ顔してんだー?」
「もお一静…助けてー」
松「嫌ですー」
「なんでよ、泣くよ?!」
黒「それなんか及川チック」
松「おもった」
「え、じゃあやめる」
松「それがいいべ」

きっと松川はなまえの事が大好きで、それ故に俺の事は快く思っていない。まあそれはお互い様であるが、報われないなとも思う。偶々同じマンションになったらしいが、車持ちというのもあってかなまえもよく松川を慕っている。でもまあ慕っているといって、それが特別という訳でもないのがイジらしいのだが。

黒「募集、水曜日俺と一緒じゃね?」
「え、そうだっけ」
黒「確かそうだ。つか覚えとけよー」
「ああなんかそんな話をしたような気もする」
黒「じゃあそん時昼飯でも奢ってやんよ」
「え、ほんと?」
黒「おう」
「やったあ鉄朗さすが」
黒「お返しはチュウで」
「却下」
澤「お前らココ職員室」

どうしようもないと思う。単純で、いつでも簡単に手を出せたりすることも、それに応えることも。柔らかな肌に触れたり、その瞳いっぱいに俺だけを映したり、誰にも見えないところで深いつながりを求めたりして、それは俺のエゴでしかないのに。

松「今日何時まで学校いんの?」
「9時過ぎかな」
松「ふうん。じゃあ俺も残った仕事片付けよっかなあ」
「え、ほんとに!」
松「おう」
「帰り乗せてほしい」
松「まかせろ」

なまえを見つめる目だけはいつも優しい松川の考えていることや少しの俺に対する牽制も何となく汲みながら、虫の居所が悪くなるのは多分当然なんだろうと思う。幼稚でくだらないことをしたところでそれを決めるのは全てなまえなのに。

天「…おやおや?天下の黒尾くんが悩み事カナ」
黒「なんだと?つかおまえかよ…」
天「ったくどいつもこいつもなまえに夢中かよ」
黒「うっせえーなあ。じゃあオマエ席代われ」
天「あー無理だわ。毎朝なまえのいい匂いを嗅ぐの俺のオアシスだから」
黒「それずるすぎ」

独占したい、ただ触れていたいなんていう。それは仕方の無いことなんじゃないのか。冷えきったクーラーが煮えたぎった頭を冷やして冷静に俺をおかしくさせる。どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。あいつも、こいつも、俺も、なまえも。




幸せも不幸も君の下で起こる




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