染まるよ

冬の夜は得意じゃない。ふんわりと匂わせる切なさとか寂しさを膨らませるものでしかなくて、それは痛々しく私を可哀想なものにさせようとするから。

「なまえ?」
「ん、あ。ごめん」
「うし帰るか」
「うん、」

歩き慣れてない夜道を一静の手に引かれて帰る。並ぶ蛍光灯は付いたり付かなかったりして、チカチカと煩わしいようにも感じた。寒過ぎて足の指の感覚があまり無かったけれど、一静が触れているところだけは熱を帯びて、それだけで道を歩くのは十分だった。

「ちょっとタバコ吸ってい?」
「あ、いいよ」
「わり」

咥えた煙草の先端がぽおっと赤く灯って、煙が一筋線を作っていた。白い息と灰色の煙がごちゃごちゃ混ざって、いらない記憶を呼び醒ますには十分だった。


(またタバコ吸うの)
(お前も吸う?)
(いや、いい)
(…悪くないぞ)


きっとあの人は私より煙草が好きだったんだと思う。キスもいつだって煙草の味で、後味サイテイで、1度だけ強がって吸った煙草は苦くて、肺が黒く染まってしまいそうで怖かった。そんな私をあの人は鼻で笑って、一緒に煙を吐き出した。煙に巻かれた表情はいつも私を可哀想な目で見ている気がして嫌だった。

「あれ、タバコ嫌いだった?」
「え?そ、そんなことないよ?」
「ああ良かった、なんか変な顔してるから」
「あれ、うそ。やだなあ」

プカプカプカプカ。煙がいつも目に染みて、私の身体を黒く汚く染めていく。本当にひどい人だった。もう名前も思い出したくないくらい無頓着で、まるで私の方を見てない男だった。それでも、煙草吸うその姿がかっこよくて、その横顔に惹かれたことは覚えている。どことなく、それは一静とダブってだから私は今一緒にいるのかなあと、最低なことを思う。


(そんなに、タバコ好き?)
(まあ、)
(苦いのに)
(それはおまえが子どもだからだな)


いつだってそばにいたかった満たしたかった。いつだってそばにいれたら変われたかなマシだったかな。いつだって、あなた色に染まっていれば、私は。

「タバコって、」
「ん?」
「…なんか、あったかい」
「そうかー?」
「うん。あったかいよ」

ざまあみろと思う。あなたの見捨てた女は、いい女になって違う男の隣で幸せそうに笑っているんだ。せいぜい煙草と煙に埋もれて、窒息していればいい気味である。子どもだなんて、あなた以外に言われたことは1度もないのに。

「一静、キス」
「今?」
「うん」
「…はいはい、」

煙が目に染みた。髪の毛が煙草の匂いに染まる。あなたの煙草で染まったのを、一静の煙草で必死に上書きしていた。



@染まるよーーチャットモンチーより
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