春。大きく吸った空気は、甘ったるくてどちらかと言われたら嫌い。そのせいか早く目が覚めてしまったので予定より家を出る時間が早まった。登校初日。まあ人が多い教室に入るよりも、少ない静かな中でその特別感に胸を馳せるほうが余裕は持てる。
「・・・がんばらなきゃな、」
結果から言うと、私は入試に合格していた。点数を見ると可もなく不可もなくといったところで、オールマイトの前向きすぎる言葉は、今はもうするりと頭から抜けていた。制服を身につけて通った校門は、朝早すぎたせいか閑散としていて、大して緊張できなかった。
「・・・A組どこ、」
はやくクラスに移動したい。朗らかな陽気が身体にまとわりついて気持ち悪い。新品の制服はまだ固くて、ぎこちなさばかりが気に障る。やっぱり、春は得意じゃない。
***
あまり、気にしてはいけないことがある。私の場合、それは個性のことと、両親のことである。遠い昔、私の物心がまだついていないころ、私は親に"捨てられた"らしい。たらい回しにされ続けた親戚の家で、不意に知り得た情報だった。
「いくら気味悪い個性だからってねえ、私たちに預かれって言われてもねえ。あの子は全くどこ行ったんだか」
嫌味な口調でしか話せない叔母の声が、扉越しに聞こえてきたのを覚えている。父親は、私の個性が出る前に蒸発。残された母は、私が父親の個性を受け継がないようにと切に願ったらしいが、その願いは儚く散り、私が個性を操作できる前に捨てることを決めたらしい。その後、路地裏で捨てられていた私を巡回中のプロヒーローがたまたま保護してくれたそうだ。
どうやら、父親は無個性だと偽りながら母と結婚したらしい。鑑みるに、父親も苦しい人生を歩んできたのだろうと、幼いながらにもなんとなく理解することが出来た。
「読み取られるならまだしも、奪われちゃうってのがねえ・・・」
周りに恐れられながら生きている。個性の性質上、仕方の無いことだった。仕方が無い。どうしようも無い。そう思いこんでいく内に、俯瞰的に自分のことを見れるようになった。一歩ひいたところから自分を見れば、私も周りも悪くないことに気づいた。母親も、多分父親も、みんなどうしようもないところで必死に生きた結果なんだ、と。
「売られるより、ましだもの」
一度、性根の腐った親戚の家に引き取られて、地元の組織に売られそうになったことがある。その時の恐怖に比べたら、捨てられるほうがまだましだ。捨てられたならまだ、その先に選べる自由があるし、私を売りさばかなかった母親は、まだ人の心があったのかもしれない。いや大前提で保護者として失格なのだが。
「A組・・・ここか」
いま、私がヒーローになろうとしてると知ったら、周りはどう思うんだろう。大きすぎる扉の前でふと考える。ヒーローとはあまりにも不釣り合いな人生だけれど、多分私は何かを証明したくてここにいる。その先で、少しでも、報われたら。悲観的にも楽観的にもならずに、私の人生を歩んでみたかった。
「一番乗りだ、」
大きく息を吸った。やっぱり春の乾いた空気だった。そういえば、路地裏で嗅いだ空気もこんな感じだったなと、何となく思い出した。