「ただいまー」
「あ!やっと帰ってきたアル!」
もう起きてしばらく経つのか、顔もすっきりしている神楽がバタバタと迎えに来た。
「せめて携帯は持っていってほしいネ」
はい、と携帯を差し出す。
「あ、ごめん忘れてた…」
「まったく……コンビニに行ってたアルか」
右手に持つコンビニ袋を覗き込む。
「うん、起きたら皆で食べようと思って朝ご飯買ってきた」
「さすがアル!もう腹が減りすぎてお腹と背中がメンチ切りあってるところだったネ」
そう言ってコンビニ袋の中身を覗く。
「えーっと、梅干しのおにぎりに、昆布アルか。あとは…」
「パンとか、ジュースとか、お菓子とかかな」
「じゃあ私この昆布のおにぎりがいいアル」
「いいよ、他の二人にも聞いてからだけどね」
「じゃあ俺は鮭がいいな」
「うん、いいよ。………え?」
後ろからごく自然に腕を伸ばし袋から目当ての物をとっていった。
「!!?お、お前!」
後ろを振り向いた神楽は口をぱくぱくとさせながら声を発せずにいた。
「い、いつのまに帰ってきてたアルか…」
後ろに立っていたのは神楽によく似た男の人だった。たぶんこの人がお兄さんなんだろう。大きい目とか、髪質も似ている。
「昨日の夜だよ」
ごくん、と喉を鳴らしながら持って行かれた鮭おにぎりは姿を消した。
「ふーん…。ていうか!何勝手に食べてるアルか!金払えヨ!」
「やだよ。いいじゃん1個くらい。」
「だめアル!!」
しばらくこの言い合いは続きそうだったので、私は残りの食料を持って妙と九兵衛のところに向かった。
「あ、おかえりなさいなまえちゃん」
「おかえり。起きたらいなかったから心配したぞ」
「ごめんね。朝ご飯買いにコンビニに行ってた」
袋から一つずつテーブルの上に出して行く。
「あら、サンドイッチもあるのね。これもらおうかしら。」
「…ん、鮭はないのか…?」
「あ、ごめん。さっき神楽のお兄さんに持って行かれちゃって…」
「あぁ…だから向こうの方で言い合いしているような声がするのか。」
苦笑いして梅のおにぎりを手に取る。
一通りみんなに行き渡ったところで私もサンドイッチを選び袋を開けた。
「そういえば、さっき土方くんと会ったよ」
言い合いをしていた神楽もしばらくした後に不機嫌なまま戻ってきた。
食べ物を口にした途端に機嫌も戻り、
その間に妙や九兵衛はお菓子に手を伸ばしていた。
「あーあいつこの近くに住んでるネ。だからたまに朝から出くわすアル。」
朝からマヨネーズの匂いを漂わせて。
そう神楽は言うけどたぶん体臭になるまでそんなに摂取はしてないと思う……たぶん。
「あとは高杉くらいアル」
「高杉…って昨日言ってた?」
「うん。うちのバカ兄貴としょっちゅう殴り合ってるからいつのまにかここら辺にも来るようになったアル。」
まったく、喧嘩ならもっと遠くでやってほしいヨ。そう呟いて目の前のお菓子たちに手を伸ばす。
「え、神楽のお兄さんってヤンキーだったの…?」
「あれでももう何回停学くらってるかわかんないくらいアル。」
「え…そんなに悪い人だったの…」
さっき見た感じだとそんな風には見えなかった。別な奇抜な服を着てたわけでもなく、普通の格好だった。…でもずっとにこにこしててちょっと不気味な雰囲気はあったけど。
「なまえちゃんは不良っぽい人は苦手なのよね」
「うん…だって怖いじゃん。視界に入っただけでも殴られそう」
「それはないアル。」
神楽は冷静に私に突っ込む。
「まぁ、なまえは不良とかそういうのには遠いところにいたからな」
「そうね。初めてうちのクラスに来た時なんてずっと下を向いてて…」
思い出し笑いをするように、妙は口元に手をあてる。
「だ、だって、あれだけ目つき悪かったら誰だって最初は怖がるよ…」
「ふふ。でも今は大丈夫なんでしょう?さっきコンビニで会ったって言ってたけど、別に怖かったってわけでもなかったみたいだし?」
…そう。最初は隣の席の土方君がとても怖かった。3年に上がって、初めてZ組に来て、先生にそこの席に座れって言われて指示された席の方に目を向けたら、突然視界に入ってきたあの黒髪から覗く鋭い目を見た瞬間、ひっ、と思わず声を漏らしてしまいそうだった。
「…うん。よく話してみればそんなことなかったから…」
でも、テスト前に話しかけてくれた時から土方くんのイメージが変わってきていて、今は最初ほど怖いとは思っていない。コンビニで会った時も自然に会話ができた。
「けっ。あんなの人間の皮を被ったマヨネーズアル」
「どういうこと…」
「中身はほぼマヨネーズってことヨ」
「…でも、最初と比べたら全然違うわよね。」
妙は、懐かしいと言うように私の顔を見る。
「そうだな。妙ちゃんの言う通り、最近では誰とでも話ができるようになっているし…」
九兵衛も、目を伏せ微笑む。
「そうネ!前なんか私たちの後ろに隠れたりしてたのに、いつのまにか初めて会った時と同じくらい明るくなったアル。」
自分のことのように嬉しそうに表情を変える神楽。…3人の、私を思ってくれてる言葉が嬉しくて元々緩い涙腺が少し揺らいだ。
「うん…本当、私がここまで戻って来られたのは3人のおかげだよ…。本当に感謝してます」
私は、3人に向かって少し、頭を下げた。
目が潤んでいるのを隠すように。
「なーに言ってるアルか。そんなお礼なんてしなくていいアル。友達のためならなんでもするのが友達ネ」
「そうだな、僕も同意見だ。」
「そうよ。出会った時から私たちは友達なんだから、そんな畏まってお礼を言うのはやめてちょうだい」
…また、そんな涙腺の揺らぐようなことを3人は普通に言ってのけるんだから。
「…ありがとう。」
私は、本当に友達に恵まれている。
改めてそう感じた。
「よし!朝ご飯も食べたことだし、今日も遊びまくるアル!」
少ししんみりとしてしまった空気を吹き飛ばすかのように、神楽は勢い良く立ち上がった。
「……あ!見て、虹でてる!」
雨は止んだのかと思い窓を隠しているカーテンを開けると、そこにはまだ少し雲は多いけれど、綺麗に広がる青空と、そこにまた綺麗にかかる大きな虹が出ていた。
4人で窓から覗いた虹は、ここ最近見ていなかったらとか、こんなに大きな虹は初めて見たとかじゃなくて、4人で一緒に見れた虹だから、私はこの時の虹を忘れないようしっかりと目に焼き付けた。