知らなくてよかったのだと

花京院とのタイムトライアルの日がやってきた。各県から優秀な選手を引き抜いて寄せ集めたちょっと卑怯だといってもいいチームだった。
巨大スクリーンに映し出される花京院の選手達。五十公野哉・了、青葉南平・維田天・夏凪瞳弥、 そして最後の選手が発表されようとした時のアナウンサーの言い方に引っかかりを覚えた。
"高校最強のランナー"
黒いシルエットから現れたのは巴だった。ああ、私はこれから巴と敵として戦わなければならないんだ。日本に帰ってきてるなら、方南にまた戻ってきて欲しかった。KGB事件があったとしても、恭介が悪くないことは分かってたはずなのに...。恭介もまた方南でストライドをはじめてくれた。またゴールデントリオとしてあの日の感動を見せて欲しかったのに。



「黙ってて悪かった」
「恭介...知ってたの?」
「ああ」
「そう...少し、席はずすね」
「おい、***」


ヒースがそれを止めようとしたが、それどころではなかった。心臓が破裂してしまいそうで、苦しくて、付き合っていた頃の記憶を思い出してしまっていた。会場を出て、動悸を抑えるために自販機でジュースを買おうと私が何となく選んだものは、今思えば巴が大好きだったジュースだ。無意識にでも巴の存在が私の中で大きくなっている事を示していた。


「そろそろ控え室に集合だ」
「...ヒース」
「大丈夫か」
「先、行ってて」
「でも」
「いいから」
「_____わかった」


ヒースの姿が見えなくなったのを確認して、逆の方向に歩き出す。行くあてはないけれど、気分を落ち着かせるのが優先だと思った。買ったジュースを開けもせずビン・カンと書かれたゴミ箱へ投げ入れた。今さら巴が現れたからって、私にはヒースがいる。いずれは帰ってくるのは分かっていたけど、突然過ぎて同様しているだけのこと。


「***」
「もう、ヒース何?1人にさせ...」
「俺だよ...久しぶり、だね」
「と、もえ...?」


背後から聞こえてきた声にヒースか巴か分からないほど私はぼうっとしていたのだろうか。
巴はその場に立ち尽くすことしかできないでいた私にゆっくり近づいてきた。相変わらず細くてスラリと伸びた脚。右目を隠している髪型も微笑んだ顔も何も変わってはいなかった。
私の目の前で止まって、伸びてきた左手は頬に添えられた。
...あたたかい。あの時の温もりと同じだ。私が大好きだった温もり。
歯を食いしばったって、手を思いっきり握りしめたって、涙がとまらなかった。


「巴っ...巴...」
「***」


名前を呼ばれて、引き寄せられた体。
頭と腰に手を回されてきつく抱き締められているけれど、その巴の背中に手を回すことはできなかった。同時に渦巻く嬉しさと罪悪感。モヤモヤした気持ちはいつまで続くのだろうか。しばらく抱き締められて、離れたと思えば顎をすくわれて交じり合う視線。


「だ、だめ...巴」
「***...」
「んぅ...っ、」
「は、っ...」


胸を押してもビクともしない巴。
こんなの、ダメだよ。
ヒースが...ヒースに酷いことをしてる。巴が留学してからずっと側に居てくれた、強くてカッコよくて不器用な優しさをたくさんもらってるのに、私は裏切るような事をしてしまった。
巴を叩いてでも止めなきゃいけなかった。


「......***の為に強くなろうと思ったんだ」
「...え?」
「***の喜ぶ顔を見るのが好きだった。ずっと見ていたいなって。もっと勝てば笑顔がたくさん見れると思った。嫌いになんてなってないよ。ずっと、今でも***が好きだよ」
「そんな、」


待っていてほしい、そう言えばよかったんじゃないの?なんであの時私に別れを告げるような言い方をしたの?


「***?」
「もういい、時間だから戻るね」


勢い良く走り出して、ヒースたちの元へ急ぐ。時間といってもまだある。巴があんなこと言うから、もう私の頭は爆発しそうだった。

大好きだった彼が目の前にいて、好きだと言った。動揺を隠せなかった。






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