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「は?仲良くなりたい子がいる?」
「こ、声がでかい!」
汐里は素っ頓狂な声を出して夏樹の言った科白を繰り返した。
ざわつく教室で汐里の声がかき消されたことを夏樹は願うばかりだった。
「この前その、助けてもらって…お礼がしたいな?的な」
「アンタが他人に興味持つなんて珍しいねぇ」
「だから困ってるんじゃん…!?」
人付き合いが最小限な夏樹は、そもそも友人が少ない。ルキアと一護にお礼がしたいと思っていたが、ルキアにはそもそも、改めて話しかけるのも緊張してしまう始末だった。
話しかける、という第一ステップが1番ハードルが高いのだと夏樹は語る。
もちろん、一護とルキアはお礼など求めていないだろうことなど知っている。けれど、夏樹は単純にルキアに興味を持ったというのもあった。
「うーん…お礼ねえ…」
「どうしたらいいでしょうか、師匠…!」
「ふむ、ではこいつを授けよう」
汐里はわざとらしく咳ばらいをひとつすると、財布から紙きれを取り出す。
「駅前のカフェの割引券。夏樹と行こうかと思ってたんだけど使うといいわよ」
「し、汐里ィ…!」
「その代わり、ちゃんと埋め合わせしてよね。夏樹と行きたかったんだから」
「うん、ありがとう!」
夏樹は丁重に割引券を受け取る。早速今日、声をかけてみようと意気込む。
= = = = =
「あ、一護!ルキアちゃん!」
放課後、夏樹は昇降口で見かけた2人に駆け寄る。
「む?どうしたのだ」
「えっと、今日…その、この後の予定は?」
「予定も何も、別にいつも通り虚を退治するだけだ」
「それって虚が出なければ、暇ってことだよね」
「あ、あぁ」
どこか食い気味に聞く夏樹にややたじたじになるルキア。
「これ、行かない…?」
「かふぇ、すいーとぴー…?」
ぴらりと目の前に差し出された紙切れにルキアと一護はきょとんとした顔をする。夏樹はいつもと変わらぬ表情で、けれどもどこかそわそわとした空気を醸し出していた。
「いや…」
「こ、この前のお礼にご馳走させてくれない?」
「礼など不要だと前に言ったはずだが」
「だめ?」
「だ、駄目ではないがそういう話ではなくてだな…」
ルキアが断りかけた瞬間、夏樹が犬の耳が垂れ下がるように項垂れる。
「ダメじゃない!?」
「あれは仕事であって慈善事業ではないのだぞ」
「命の恩人にお礼をしないことのどこか普通なのさ!」
ルキアの科白に一護は思わずボソリと、俺は慈善事業だけどな、と漏らす。
言い争いは徐々にヒートアップしていく。どちらもお互いに引く気がないらしく、言い争いは平行線を保ったまま十数分が過ぎた。一護は何をやっているのだとため息をつくしかなかった。
「…ルキア、行って来たらいーじゃねえか」
「一護!」
「コイツ、一度言ったら曲げねえし負けず嫌いで面倒だぞ」
「え?なんで私ディスられてんの?」
夏樹はムゥと唇を尖らせる。ため息交じりに、俺に勝つまでやめねーってエンドレス組手挑んできたのはどこのどいつだよ、と一護は窘める。
「…どうしてもと言うのか」
「うん」
「分かった」
夏樹は思わずがばりと顔を上げる。ルキアは相変わらず眉間に皺を寄せていた。
「その、かふぇとやら、付き合うと言ったのだ」
渋々とルキアは返事をした。しかしどうしたらよいものかと、助けを求めるように一護を見上げる。
「あ、俺は行かねーぞ」
「え、なんで」
「こんな可愛らしいとこに行けるか!」
「一護にもお礼がしたいと思って誘ってるのに!」
ピラピラと割引券を振りながら夏樹はじとりと一護を睨む。
「女子2人で行きゃいいだろ、そんなの」
「ふむ、ところで”かふぇ”とはなんだ?」
「は?」
何か変なことを言ったのかとルキアは首を傾げた。思わず一護と夏樹は視線を交わす。
きっとカフェでアレはなんだコレはなんだと現世の物を逐一説明する羽目になるのだろうと、一護はげっそりした表情をする。ルキアの面倒を見るのはごめんだと、昔馴染みに現世知らずの死神の世話を押し付けた。
「俺近くの本屋にいるから虚出たら呼べよ」
= = = = =
連れて来られたカフェはこ洒落ていて、現世の文化に馴染みのないルキアはそわそわとメニューを覗いていた。
「えっと、ここはフルーツタルトとモンブランがお勧めなんだって!」
「ふるーつたると、とはなんだ」
「なんだ、なんだ…?うーん…果物がたくさん乗ったケーキとしか…」
「ふむ、良く分からぬがそれを頼んでみよう」
「じゃあ私はモンブランにしよう。タルトが好きじゃなかったら取り換えっこしよ」
店員に頼めばすぐにケーキは二人の前に置かれる。鮮やかな季節のフルーツを盛りつけた方も、上品に絞られた栗のクリームが折り重なる方も、どちらも視覚ですら楽しませてくれる出来栄えだった。
「これが…!美しいな…これを崩すのは忍びないぞ…」
ルキアはコーティングで艶やかに輝くフルーツを眺めて興奮気味に話す。
「む、美味だ…!」
「えへへ、よかった」
「現世にはこのような物が溢れているというのか…洋菓子と言うのは馴染みがなかったがこれは…」
「私のモンブランもひとくち食べる?」
「よいのか!?」
「うん、どうぞ」
嬉しそうにケーキをつつくルキアを夏樹はにこにこと眺める。ルキアはその視線に気付き、フォークを皿に置いた。
「…何故、私を誘ったのだ」
「改めて、お礼が言いたくて。あの日、助けてくれてありがとうございました」
夏樹の深く頭を下げる様子にルキアは眉を顰めた。
「…だから、礼を言われるようなことは」
「うん、私の独りよがり。でも、それが私の出した答えだよ」
恨まないのかと言ったルキアに対する答えだと、夏樹はまっすぐな目線で訴える。
「そうか」
ルキアはふっと柔らかい表情で笑みをこぼした。
「貴様は強情だな」
「えっ、なんでそうなるのさ」
「最初から引き下がる気など一切なかったではないか」
「ええ…そんなことは、あるかもしれないけど」
むくれる夏樹を見てルキアはニヤリと笑う。
「だから相模は子供なのだ」
「ルキアちゃんだってそんな変わんないじゃん」
「私はこう見えて貴様の10倍以上の年月を生きてるのだぞ」
「嘘だぁ」
「死神はある程度成長するとそこからの老化は遅くなる。40代の外見で1000年生きているお方もおるのだぞ」
「えぇ…そうなの、じゃあルキアおばあちゃん?」
夏樹の言葉にルキアは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。ルキアのこめかみにぴくりと青筋が走る。
「貴様は喧嘩を売るのが上手いようだな…?」
「年上って言ったのはそっちじゃない」
「年寄り扱いして良いとは言っていない」
「ワガママ!」
年上だと言った割に年寄り扱いされるのは堪らないらしい。
しかめ面同士を突き合わせる。何だかんだそれが可笑しくて2人して吹き出してしまう。
「!」
「どうした?」
「今、何か…」
夏樹は突如背筋を走った悪寒に後ろを振り返る。ワンテンポ遅れてルキアの伝令神機がピピピと音を立てた。
「虚が出た、すまない相模!私は一護と合流する。貴様は真っ直ぐ家に帰るのだぞ!」
「うん、気を付けて!」
「それから馳走になった、ありがとう!!」
ルキアは紅茶を飲み干すと、風のようにその場から立ち去って行った。隣接する本屋で時間を潰しているだろう一護を拾いに。
「気を付けてね」
夏樹はルキアの去った方向を見つめてぽつりと呟いた。