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 夏樹は逡巡する。この母の形見である石が何かは全く分からずにいた。それでも、平子や浦原が気にするものだということは、何かしら死神と関係があるのやもしれないという思考に至る。
 口を開きかけて一文字に閉じる。ルキアを助けるためには死神の力が必要で、尸魂界という場所へこの人の力を借りて行かなくてはいけなくて。そこまで頭の中を整理して、夏樹の思考回路は立ち止まる。

「あれ…」

 はたりとある事に気付いてしまった。そう、当たり前のことに対する理由が分からないのだ。
 夏樹が視線を上げると突如声を出したことを訝し気に伺う浦原が目に入る。

「何故、ルキアちゃんの救出に力を貸すのですか」

 夏樹の答えに浦原はぴくりと肩を揺らした。
 この店に来るまでは燃え滾るようにあった助けたいと願う気持ちは、芯に氷を刺したように冷え切っていく。助けたいという気持ちがなくなったのではない、ただ冷静さな思考が現況に不気味さを肉付けしていく。

「死神に力の譲渡が大罪であることは筋が通ってると思います。じゃあ、じゃあ、なんで、大罪人を助けようとする謀反を…」

 何かに誘導されているような不信感。朽木ルキアの処刑を止めろという声なき談判は鳴り止まない。自分は一体何に駆り立てられているのだろう。

「何か、別の目的があるんじゃないですか」

 そう言い切るのに喉の奥がやけに乾いて掠れた声が出た。心臓の逸る音が頭に響く。

「いやあ、思っていたより聡い方だ」

 浦原は帽子で顔を覆ってくすくすと笑いだした。

「な、な…!」

 こっちは真剣に、勇気を振り絞って聞いているのに!なんなんだ!と声を上げようと口を開く。

「ド直球ですねぇ」

 浦原の口元は笑ったまま、けれど瞳に灯る温度はやけに冷たい。その視線に夏樹は再び口を一文字にしてしまった。

「悪くないですよン、その思考。ただ情報を引き出すにはゼロ点。もっと作戦を練って、交渉しなくては」

 夏樹はなんと答えれば良いのか分からず乾ききった口をもごもごさせる。

「次回に期待、という事にしておきまショ。今回だけですよォ」

 浦原は扇子を広げて呑気に欠伸をひとつした。奥では一護のうめき声のようなものが僅かに聞こえてくる。

「相模サンの予想通り、アタシにはアタシの目的があって、朽木サンの極刑を阻止しなくてはならない。けれど、アタシにはソコへ行くことができない。だから、貴女方に託すしかないのが現状っス、残念ながらね」

「何なのか、はまだお話しできません。全てを話すには貴女は未熟すぎる」

「貴女が自身について疑問に思ってることもあるでしょう。アタシは…貴女が虚に襲われるまで特異的な貴女の存在を認識していなかった。情報が、必要なんスよ。信用しろとは言いませんが、アタシの考えうる推測は嘘ナシで提供することを約束しましょう。どうっスか?」
「…分かりました」

 これはきっとかなり譲歩してくれてるんだろうと夏樹は察する。信用できないままなことに変わりはないが、一つ覚悟を決めると乾き切った喉をお茶でも潤した。

「おばあ…祖母から母の形見として譲り受けたんです。母が亡くなった時に」

 自分でも知らないことを、この人に話せば何か分かる事があるのだろうか。果たして目の前の人物は信用に足る人物なのか。それはまだ分からない。それでも前に進むには、きっと必要なことなのだと信じるしかなかった。

「母の遺言では、私が生まれた時に母の手元にあったそうで…肌身離さず持つように言いつけられました。私を守る為に必要だから、と」

「それで…母が亡くなってからしばらくして、私は幽霊の類を視なくなりました。昔、視えてた期間があった筈なんですけど、それすら忘れてて。今思うとその石のせいなのかなって」

 髪をほどいて、母の形見を躊躇いがちに浦原に渡す。

「昨日から…色が変わったんです、黄色が減ったと言うか」

 浦原はそっと石を摘むと、コロコロと色々な角度から覗き見る。

「…なる、ほど。相模サン、死神になったのはこの石がキッカケなのは間違いないでしょう。けれど、おそらく死神の力自体はアナタの中で眠っていたものだ」
「へ」
「少し、考えを整理させてもらっていっスか」

 浦原は夏樹に石を返す。手元に返ってきたことにホッとしながら髪をくくり直す。

「…さて、とりあえず相模サンの特訓に入りましょっか。アタシはまだ黒崎サンのお世話に忙しいので夜一サンにお願いするっス」
「よるいち、さん…?」

 浦原は1枚の紙切れを夏樹に差し出す。

「ココに夜一サンが井上さんと茶渡さんに修行をつけている手筈です」

 井上と茶渡とは誰だろうかと夏樹は思いつつも、指定された場所へ向かうべく立ち上がる。穴に駆け寄れば、中からは活きの良い叫び声が反響していた。

「一護!頑張ってね!死んじゃダメだよ!」

 穴の中で呻く一護に精一杯の大声で呼びかける。

「当たり前だ!!」

 一護は強い瞳で夏樹を見上げる。必ず死神になるから、待っていろと。それを確認すると夏樹は自分も決意を固めた表情でその場を後にする。
 残された浦原は夏樹が出て行った梯子を眺めていたが、帽子でそっと顔を隠した。どこから吹いたのか分からない風が浦原の髪を僅かに揺らす。

「あぁ…どちらなんでしょうねぇ…最悪の事態、か…それとも、」

 酷く苦しそうにその続きを紡ぐことなく唇を噛む。帽子を被り直すといつもの胡散臭い店主の顔に戻っていた。