24
次の日の朝、指定された場所に行けば夏樹は1番乗りだった。少しして織姫が来て、時間ギリギリに茶渡が来る。
夏休み2日目は晴天。雲一つない空が青春を謳歌せよと告げるかのようだった。謳歌すべきでない彼女たちの青春は命がけだと言うのに。
「さて、今日もやるとするかの」
どこからか、気が付けば窓の桟に夜一が佇んでいた。
「はい!」
「相模と茶渡は昨日の続き、井上は能力の行使じゃ。相模は…少しマシな顔になっとるの」
「座禅を組んで、目を閉じ、自分の心の中を整理してみるのじゃ。死神が斬魄刀と対話する時によくやる方法じゃな。胡坐でも構わん」
死神には精神世界、というものがあるらしい。そこには斬魄刀が居て、死神は皆己を見つめ直すために斬魄刀と対話するらしいのだ。そうして対話することで、名を知り、力を得る。
夏樹は目を閉じ、あの日をなぞる。汐里を助けようとした時のこと、ルキアを助けたいと思うこと。
そうしていると意識が深く深く沈んでいき、渦巻く靄が身体の奥底から湧いてくる感覚が走る。
―よう来たね
声をかけられハッと目を開けると、夢でよく見るあの景色が眼前に広がっていた。
「お姉ちゃん…」
「行くのん?」
「うん」
小雨の中佇む彼女は端的に答えを求める。
「それは、自分の気持ち?」
相変わらず面を被っているが、夏樹は彼女がしかめ面をしているように見えた。
「ルキアちゃんを助けたい」
「まだ迷っとるくせに?」
「そうだね」
精神世界、と言うだけあって彼女には自分の心のうちなどすべて見透かされているような気がした。
ルキアを助けたいと思う気持ちと、けれども命を晒す覚悟が定まっていない現状を。
「実力も覚悟も伴ってないような餓鬼が行くとこじゃないんよ、あそこは」
殺気が籠められた指先が夏樹の首に触れる。手は冷え切っていて、人の温もりを感じない。
けれども夏樹は臆すことなく彼女の面を見つめる。
「ルキアちゃんの傍に居てあげたい」
「………」
「昔、あなたがそうしてくれたように。だから、お願いがあるの」
手をそっと掴むとぴくりと彼女の華奢な肩が揺れる。
きっと見透かされている。自分が何を頼もうとしているのか、なんて。
「お姉ちゃん、私を『助けて』」
その言葉に彼女は大きく、わざとらしくため息をついた。
『あんたが一言、助けてって言えばうちはなんでもしてあげる』
『助けて』。それは幼い頃、塞ぎ込んでいた頃に交わした約束。夏樹は意固地になって一度も使うことはなった。
欲しいのでは助けではなく両親だったから。
「あんたそれ…ここで使う?死にに行くのに使うのん?」
「違う、死なないために覚悟するの。強くなる覚悟を」
独りで泣いている友人の傍に。消えぬ悲しみも寂しさも、ただそれがほんの少しでいい、和らいでほしいと思う。
もう一度吐かれた大きなため息と一緒に彼女は一歩夏樹に近付く。
「うちの力、貸したるわ」
「へ」
「使いこなせるかは夏樹ちゃん次第やけど。死なれたらうちも困るんよ」
あんたは強い子、優しい子、それから飛び切りのアホや。と言いながら突然夏樹の顔に手を翳す。
「ほな後は頼むで、―――」
一瞬、別の人影が視界に入ったような気がした。まだ聞きたいことがあったのに、ぐらりと視界が歪んで強制的に意識は浮上する。
夏樹がもう一度目を開ければ、そこはボロボロのコンクリート塊に囲まれた現実世界だった。
「む、成功したようじゃな」
夜一の声に自分の姿を見直すと、いつか見た黒い死覇装を纏っていた。死神化に成功したらしいことが分かる。手元には一度だけ使った斬魄刀が重みでその存在を主張していた。
刀を抜くように夜一に言われ、夏樹は斬魄刀の柄を握る。その重みに心臓が逸るのは、これが命を洗い流す物の重みなのだと理解してしまったから。
―どうしてだろう、私はこの刀の重みを、知っている
強張る心とは裏腹に、身体は自分の一部であるかのように刀を引き抜く。擦れるような金属音がいやに懐かしい。そういえば前はこの音を聞く余裕すらなかったのだと気付く。
「ふむ」
妙に慣れた手つきで刀を持つ姿に夜一は思案する素振りを見せる。
「よし、お主の修業は仕舞じゃ。喜助のところへ戻れ」
「へ?」
「儂が頼まれたのは死神化するまでのこと。おそらく一護はまだ死神化が終わっとらん。それまで喜助に稽古をつけてもらってくるが良い」
「わ、分かりました」
これから何かしら斬魄刀を使って戦うのだろうと思っていたのに、思わぬ指示に夏樹はぽかりと開けた口でそのまま返事をする。
「そのまま死神化して行けば店に着くのも早かろう」
「先輩!おめでとうございます!」
「ありがとう、井上さん」
「…おめでとうございます」
「お主ら祝うのはいいがスタートラインに立てただけじゃぞ!」
夜一に一喝され夏樹は慌ててその場を後にした。
―喜助の予想通り、魂が抜け出るのではなく霊子化に近い現象が起きとるようじゃな…
夏樹が死神化した瞬間に抜け落ちた肉体が空に溶けるさまを思い出す。
―これからどうなるかのう…きっと彼奴らは荒れるじゃろうな
「ワァァ!椿鬼君、待って待って!!」
力の制御に失敗した織姫の悲鳴で夜一は現実に強制的に引き戻される。やれやれとため息をつくと、慌てふためく織姫を叱咤しに向かった。