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「じゃ!口上も面倒だし省略ね!恒例の愚痴る会始めるわよぉ!カンパーイ!」
「「「かんぱーーい!」」」

 酷く雑な紹介に会釈をして答えた。飲み会というものが初めて夏樹は隅の席でぼんやり楽しげな光景を眺めていた。隣に座る吉良が申し訳なさそうに小声で囁く。

「ごめんね…松本さんこうなると聞かなくて…朽木さんの家に泊めてもらうんだっけ?無理のない時間に抜けようね」
「なんだか楽しそうですね」
「すぐに地獄絵図になるよ…現世だと未成年は酒類は禁止なんだろう?松本さんに聞かれたらその水はお酒ですって答えるんだよ」

 少しげっそりした表情で吉良はこう続けた。

「ボクが潰されてたら…その、ごめんね」
「えっ」

 頼りは貴方なんですけども、という台詞が喉まで出かかった。個室でどんちゃん騒ぎが始まる中、向かいに座るルキアと恋次が声をかける。

「大丈夫か?」
「あ、うん。飲み会って初めてだから…こういう感じなんだね」
「いやこの会は酒豪の松本殿がいるからヤバい会になっている。うちの隊の飲み会はこうならない」
「オレの六番隊もだよ。安心しろ」
「へえ…そっか、ルキアちゃんは死神だしお酒飲めるのか」
「あまり強くはないがな」

 ルキアはそう言いながら日本酒を煽った。運ばれてきたほっけの開きをつつきながら、尸魂界にも海があるのかな、なんて事を呑気に考える。

「阿散井くんは久しぶりだね、えっと…ルキアちゃんとお見送りに来てくれた時以来?」
「そうだな」

 少々緊張した様子で夏樹はおでんにも口をつける。次いで箸を伸ばすのはだし巻き卵。ほんのり甘くて美味しい味付けに夏樹は懐かしさを覚える。

―少し、要の味付けに似てるなぁ。向こうにいた時も、作ってくれたもんね

「吉良と相模が知り合いだったなんてな。ドナーになれそうなの平子隊長と八胴丸さんと吉良だけなんだっけか」
「ほ?うん、そう」
「他の人に貰うとどうなるんだ?」
「…うーん、気持ち悪くて、吐く。浦原さんに試してもらった時は半日寝込んだんだよね」
「そりゃ面倒だな…」
「阿散井君はそもそも鬼道が苦手だからドナー適合があっても無理だったかもね」
「鬼道苦手なんだ」
「暴発させるのが上手いぞ、此奴は」
「うるせえっ!そういやなんで吉良には敬語なんだ?」

 そう言われて夏樹はこてりと首を傾げる。

「オレと吉良同期だぞ。学年って意味ならルキアも一緒だけどな」
「えっ!?うそ!!?」
「雛森君も一緒だよ」
「あ、別に敬語使えとかそう言う話じゃねーんだけど。まぁ死神の歳なんて分かりにくいよな」
「えーーーっと、その、ごめんなさい…」

 視線を逸らす夏樹を見て、ルキアは恋次に思い切り肘鉄を食らわせる。言動が同年代に近かったから、なんて失礼な事を思ってしまっただけに顔を合わせられない。

「貴様が子供じみた言動をしていただけの話だろう!」
「はぁ!?オレはいつでも立派な成人男性だっつの!!大体それならルキアもだろ!」
「私は高校生だったのだぞ!で?恋次が子供っぽいのは図星だろう、相模」
「はは、は…否定はできないカナー」
「お、ショック受けてる」

 そんな恋次をルキアは楽しそうにいじり倒す。言い争う2人の仲睦まじさに夏樹は笑いが溢れた。
 ほっこりとしていると乱菊が酒瓶を持ってズンズンとやってきた。顔色はさして変わっていないものの座った目で、声色も見事に酔っ払いを体現していた。

「ちょっとお〜〜!吉良!呑んでる!?」
「呑んでます呑んでます!」
「じゃ、これも呑みなさぁい!ほら!」
「今日は夏樹さんを送らなくてはいけないので…」
「何よう!あたしの酒が飲めないって言うの!?」

―すごいな、ドラマで見る台詞を生で聞いてるぞ…

 吉良の口元に湯のみが当てがわれ、溢れるのもお構いなく酒が追加で注がれた。夏樹は慌てて止めに入った。

「わー!!無理強いダメです!」
「大丈夫よう、いつもの事よ!それよりこっちにきて話しましょうよ!」
「むえっ、苦しいです、松本さん…!」
「あらァ、名前で呼んでくれていーわよ!ほら、乱菊さんって」
「ら、らん…ぎ、くさ…くるし…!」
「相模さんの首絞まってますよ!!乱菊さん!」
「ん?雛森もやったげようか?」

 胸で窒息死しそうになりながらも席を移動する。69と顔に書かれた男性は東仙の墓に居た死神だった。

「あ…」
「知り合い?」
「東仙隊長の墓で会ったんすよ。あ、名前知らねえよな。俺は檜佐木修平。九番隊の副隊長だ」
「九番隊…えっと、拳西さんの…」
「そうそう」

 ニカリと人当たりのいい笑みを浮かべてそう答えた。顔の傷跡で怖い印象を持ってしまったが、笑顔がそれを払拭した。

「ここでなら、”誰をなんて呼ぼうと”御構い無しって席なのよ。無礼講ってやつ」
「……!」
「どんな思い出に浸るのも自由ってワケ。あたし、ずーっとアンタに会ってみたかったのよねぇ」
「私に、ですか?」
「そ!だって平子隊長ってばアカンアカンって全然取り次いでくれないのよ!」
「まぁほとぼりが冷めてからって話だったじゃないっスか。相模と東仙隊長は…付き合いも長かったのか?」
「小さい頃はよくご飯を作りに来てくれてました。家事も教えてくれて。…お兄ちゃん、だけどお母さんみたいだったような」

 緊張を悟られぬよう言葉を選ぶ。乱菊の話を聞いても、会わせてくれなかったという平子の意図は掴めない。けれど、新しく人と会うのは気力も体力も消耗するだけに、その行動が有り難かったのは事実だ。

「緊張しちゃって、かぁわいい〜〜!」
「ひぁっ」
「ら、乱菊さん!急に抱きついちゃダメですよ!」
「何よ!やっと会えたのよ!?」
「私の時はお願いしたら割とすぐお会いできましたけど…」
「何それ自隊贔屓!?雛森ズルイじゃない!」
「あ、ごめんね。平子隊長からよく相模さんのこと聞いてたから…」
「いえ…!あの、変な話されてないでしょうか…」

 乱菊に腰回りに抱きつかれたまま身動きが取れない。それよりも、と何を話されていたのか分からず夏樹は冷や汗をかく。

「えーっと…現世の話とか、寝言の話とか」
「寝言!?」
「殆どは美味しいお菓子の買える店の話とかだよ」

 寝言で何を言いやらかしたのかは気になるところだけれど、思ったよりも変な話はされていないらしかった。

「そういえば八丸堂のどら焼き食べたことないかしら。苺が生地に入ってるやつ」
「ん…あ、四月頃に確か」
「あそこ、あたしが平子隊長にオススメしたとこなのよ」
「そうだったんですね!すごく美味しかったです。生地がもっちりしてて…」
「今度お店にも行きましょ!店頭の餡蜜なんてサイコーよ!」
「わ、ぜひ!」
「で、ここの煮物も絶品だから好きなだけ食べてって。今日はあたしの奢りよ!」
「乱菊さんが奢り…!?」
「ちょっと修平〜何よ、その顔ぉ〜」

 そんなやりとりに夏樹も笑いが溢れる。乱菊が全く関係のない会話から入ってくれたことで夏樹も緊張感が上手く解れながら会話が弾んで行く。他にも善哉が美味しいところ、洋菓子が美味しいところと、甘味の話に花が咲く。

「そこの大福はは平子くんがおすすめやーって持ってきてくれました」
「へえ。なるほどね〜。ねえ夏樹、実際のところどうなの?」
「どう?」

 夏樹は何をどうなのか分からずおうむ返しする。そんな夏樹を見てニヤニヤと楽しそうに乱菊は笑った。びくりと夏樹はその視線が苦手な類なものであると身構える。

「平子隊長といい仲なんじゃないの?」
「いい仲って…違いますよ」
「あら、そう?ほんとに?」
「ホントですよ。平子くん…責任感?んと、ほっとけないから面倒見てくれてるだけです。ほんと、それだけです」

 自分で放った言葉がナイフのように突き刺さる。笑顔を上手く保てているだろうかと不安になりながらもへらりと笑った。乱菊は一瞬表情を曇らせると小声で耳打ちする。

「…もしかして、千代さんのこと知ってる?」
「え、お姉ちゃんのことご存知なんですか!?」
「あたし100年以上前から死神やってるもの。っていうか、お姉ちゃん?」
「あっ、あー…聞かなかった事に、して貰えませんか?その、平子くんから特秘事項だから喋るなと…私、どこまで話していいのか分からなくて…ごめんなさい」
「そう、悪いこと聞いたわね。ごめんね」
「いえ…」
「でも、そっかー。じゃあ叶わない恋ってやつ?」
「なんでその方向になるんですか!そんなんじゃありませんって!」

 その揶揄いに乱菊はけらけらと笑った。そのまま夏樹は豊満な胸元にダイブするように頭が抱き込まれる。

―アルコール入った大人ってなんか、こう、面倒臭い…!

「ギンのことお兄ちゃんだって言うのにホンットいい子ねぇ。アイツも夏樹くらい素直だったら良かったのに」
「隊長はいつでもサボり欲には素直でしたよ…」

 ほんの少し顔が赤らんだ吉良がぶうと文句垂れる。

「ここの出汁巻き、東仙隊長の味付けに似てて美味いんスよねぇ。うめえ…」

 ぼけーっとした表情で檜佐木はそうひとりごちた。夏樹はその言葉に視線が檜佐木に向く。

「ん?相模もそう思うのか?」

 夏樹は控えめに頷いた。それを見た檜佐木は嬉しそうに頬を緩ませた。

「うめーよなぁ、東仙隊長の飯。たまにくださったんだけど、どれもめちゃくちゃ美味えんだ…また食えたらいいのになぁ」

 それから始まった故人を懐かしむ会話に、夏樹は胃の底が歪むような感覚を覚える。

―あれ、

「そういえばいつだったか三番隊の干し柿で東仙隊長がおやつ作ってくれたわよねえ。なんだったかしら、あれ」

ー変だな

「餅と合わせたやつですかね」
「そーそー!それよお!」

 違和感はどんどんと膨らんでいく。参加したいはずの話題にも上手く入れない。ぐらぐらと心臓が揺れるような、緩やかな吐き気が続くような。音がだんだんと遠のいて、何も耳に入ってこない。
 夏樹は口数が少なくなってしまう。気分を強制的にでも変えないと、と席を立った。

「すみません、少し…外の風に当たってきていいですか?少し部屋が暑くて」

 夏樹は眉を下げて笑っている顔を貼り付ける。

「ええ。……吉良、着いてったげて」
「はい」