Re:逃げない方が良い



 新しくマンションの一室を借りた。セキュリティのしっかりした一等地にある部屋で、少々値は張るがxxxの安全と僕の安心には代えられない。本当は組織の壊滅を終えたら迎えに行こうと思っていたのだが仕方ないだろう。
 あの時はコナン君にxxxのことを婚約者だと言ってしまったが、プロポーズはいつにしようか。婚約指輪はすでに注文してあるので、完成の連絡待ちだ。あとは場所とタイミングを決めるだけである。結婚式は流石にまだ先にしなければならない。まあ、長めの婚約期間を楽しむのも良いだろう。
 組織に感づかれないよう、色々と準備をするのに予想通り時間がかかってしまった。もう長らく登庁していないのでxxxに会えていない。一部の上層部にだけ僕とxxxの婚約やそれに伴う彼女の退社を伝えたが、その時に遠くからxxxを認めたきりである。


 土曜日の午後、xxxの家へ向かった。緊張で、彼女の部屋番号を押す手が震えた。呼び出しボタンを押すが、期待していた返事がない。今彼女が部屋にいることはわかっているので、居留守ということになる。深呼吸をしてもう一度呼び出したがやはり応答はなかった。
 こうなることが予想できなかったわけではない。迎えに行くと告げたときのxxxは、今思えば少し困っていたようにも見えた。xxxは警察庁に務めているので、組織に潜入中の僕と関りがあるというのはそれだけでリスキーだ。寂しい気持ちを抑えて、僕と関わらないことでお互いを危険に晒さないようにしたいのだろう。しかし僕はもう彼女と離れていたくないし、傍で守り切りたい。いくらxxxの考えでもこればかりは譲れない。胸ポケットの布を確認する。本当は使いたくないのだが、覚悟しなければならないだろう。今度は部屋番号ではなく住民用のパスコードを押してマンション内に入った。
 xxxの部屋まで来た。深呼吸をしてからインターホンを押す。2回押したところで、xxxから返事があった。今開けますと聞こえた数秒後にはガチャリとドアが開いた。
「迎えに来ましたよ、xxx」
 え、と彼女の口から洩れた気がした。複雑そうな顔で呆然としている。長い間会えなかった恋人との逢瀬に手放しで喜ばないところも彼女らしくて愛しい。かく言う僕も、今は周りを気にせず嬉しそうにすることが出来ないのでお互い様だ。
 考え込んでしまった彼女の手をとり、家から連れ出す。何の問題もなく車のドアを開け、最終手段は使わなくても大丈夫そうだと安堵したときだった。
「これ以上はだめです。車には乗れません」
 意を決したようにxxxが口を開いた。一緒には行けないと抵抗するxxxに、頭を強く打たれた感覚がした。僕の腕から抜け出そうとする彼女を慌てて止める。
「あなたの事ですから、きっとそう言うとは思っていました。しかし、実際に拒まれると想像した以上に辛い」
 今の僕は情けない顔をしていることだろう。どうか僕と一緒にいてくれと懇願するようにじっと彼女を見つめると、xxxは抵抗をやめた。しかし、このまますんなりとは流されてくれないだろう。仕方ない、と彼女を自分に引き寄せポケットに忍ばせた布の部分を押し当てた。スタンガンのように一瞬でとはいかないが、染み込ませたクロロホルムがじきに仕事をするだろう。すみません、と小さく洩れたのはやはりいけないことをしている自覚があるからだろうか。

 意識を手放したxxxを新居に運び、優しくベッドに寝かせた。寝顔も可愛い。今日からはずっとxxxがここにいてくれる。自然と自分の表情が柔らかくなるのが分かった。ずっと見ていたいが、今日はまだ少しやることがある。名残惜しいけれど、とそっと寝室のドアを閉めた。xxxが目を覚ます頃にまた戻ってこよう。
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