その推理は正しい



 梓さんから、美味しいレモンパイを考案したのでぜひ食べにきてくださいとメールがあった。安室さんに連れられポアロに何度か顔を出し、その流れで梓さんとも知り合いになったのだ。こうして連絡をくれるほどには仲良くしてくれている。そして、私の連絡先を知る数少ないうちの1人だ。携帯を開き、安室さんに「ポアロへ行ってきます」と伝えてから家をでた。彼のシフトが入っていない時にポアロへ行くのは随分と久しぶりだ。

 ポアロの扉を開けるといらっしゃいませ、という明るい梓さんの声に迎えられた。店内にはあまり人がいない。
「xxxさん、来てくれたのね。今レモンパイとコーヒー持ってくるわ」
「うん、ありがとう」
 梓さんがカウンターに案内してくれたので、そこに座る。手際よくコーヒーが入れられ、すぐにいい匂いがしてくる。しばらくして、どうぞ、と差し出されたレモンパイとコーヒーは絶品だった。
 お客さんが少ないのを良いことに梓さんと会話を楽しんでいると、お店のドアが開いた。梓さんがそちらへ接客をしに行くのを目で追うと、見知った顔だった。
「あれ、コナン君に蘭ちゃん……と、お友達?」
 向こう2人も私に気付いて挨拶をしてくれる。もう1人の活発そうな女の子は、鈴木園子だと名乗った。園子ちゃんとは初対面なのね、と驚く梓さんに肯定する。
「xxxxxです。よろしくね」
 無難に名乗ると、園子ちゃんは何故か興奮した様子で同席を勧めてきた。断る理由もないのでカウンターから席を移動する。彼女たちも私と同じようにレモンパイを頼んでいた。
「あなたが噂のxxxさんね〜」
 意味ありげな笑みで私を見る園子ちゃんに、首を傾げる。コナン君と蘭ちゃんはそんな彼女の様子に苦笑していた。噂になる程有名人になった覚えはないのだが、何かしただろうか。まじまじと私を見つめたままの園子ちゃんに若干の居心地の悪さを覚える。女子高生というのは、元気があって眩しい。
「噂って?」
 視線に耐え切れず問うと、園子ちゃんは待っていましたとばかりに頬を染めて話しだした。
「xxxさんて、あの安室さんの婚約者だってハナシじゃない! やっぱりイケメンの隣には相応の美女がいるものね〜」
 彼の好きなところや馴れ初めなど、聞くわりには答えを待たず前のめりにマシンガントークを続けている。真剣に尋ねられても答えられないので好都合だが、勢いに押される。ええと、と視線を宙にさまよわせていると蘭ちゃんから静止の声が入った。
「すみませんxxxさん、園子ったらいつもこうで」
 園子ちゃんも落ち着いたのか、ちょっと興奮しちゃってと舌を出す。愛嬌があって可愛い。大丈夫よ、と返してからアイスコーヒーを頼んだ。
 それより気になることがある。
「私が婚約者だって、安室さんが言っていたの?」
 いつ恋人から昇格したのだろうか。本人に言わずに周囲には発表するって、安室さんの頭の中はどうなっているの。そんな事を考えていると、園子ちゃんと蘭ちゃんは「あっ」と声を洩らした。明らかに失言だったという表情をしている。少し離れた所にいる梓さんも同じような反応だ。コナン君に視線を向けると、ハハと乾いた笑いをしていた。
「い、いや! 私たちの早とちりっていうか……安室さんは恋人だって言ってたんだけど」
 手を振りながら目を泳がせそう言う園子ちゃんはひとしきり慌てて弁明した後、運ばれてきたばかりのホットココアを飲んで熱がっていた。それが面白くて思わず微笑む。
「そっか。知らない間に婚約者になっていたのかと思ったよ」
 いつ恋人になったかも分からないのに、と心の中で付け足す。どうせ噂が大きくなった結果だろう。女の子の会話なんてそんなものだ。
「そういえば、恋人同士なのに“安室さん”って呼ぶんだね」
 どうして? とコナン君が無邪気に尋ねた。恋人ではないからだよ、という言葉を飲み込んで出来るだけ照れているような顔をする。
「ちょっと恥ずかしくて……」
 そう答えれば女子高生がキャッキャとはしゃいだ。コナン君は納得したような、していないような難しい表情をしている。その後も女の子らしい話題は続き、ひとしきりお喋りをして満足するとお開きとなった。


 その日、夜遅く帰ってきた安室さんが何を思ったか「他に誰もいない時は零と呼んでくれ」と真剣な表情で言った。呼び分けるのが面倒なので昼間と同じように誤魔化してはみたが、結局私が折れることになったのは言うまでもない。
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