高そうなお店はたいてい美味しい 2



 車に揺られること1時間弱、ついた先は海を架ける橋だった。橋は数百メートル続き、足元しかライトアップされていない。向こう側にはビルや移動式遊園地の明かりが輝いている。様々な色のネオンに思わず感嘆の声が漏れた。零さんが隣でクスリと笑う声が聞こえたが、もう橋の半ばまで歩いてきてしまったので暗くて顔がよく見えない。零さんが足を止めた。私もそれに倣う。
「俺はここから車に戻る。xxx――あなたはどちらに進んでも構わない」
 零さんは今生の別れとでもいうように私をきつく抱きしめる。緊張した様子に声をかける前に、彼は私から離れ1枚の紙を差し出した。カード状のそれには文字が書いてあるようだが、お互いの顔もよく分からない明るさでは読めるはずもない。
「よく考えて決めてくれ」
 そう言い残して零さんは来た道を戻り始めた。はい、と理解の追い付かないまま短い返事をしてそれを見送る。私たちが来た方向は、街灯が数本存在を主張しているだけだ。夜道を歩くのに不都合はないが、向こう側の煌びやかな明かりと比べるとどうしても暗さが際立った。
 車が心配だから自分は戻るが、先が見たいなら行ってこいということだろうか。言い残した言葉から察するに、本当は私1人を置いていきたくないのだろう。過保護な零さんらしい。だが、せっかくのチャンスなのでそういうことなら遠慮なくと一歩踏み出す。明るいところに出ればカードの文字も読めるだろう。
 数歩のところで、強い風が吹いた。乱れる髪を撫でつけようとした拍子に、手元から先ほどのカードが消える。風に攫われて飛んで行ったのだ。ああ、という間抜けな私の声と共にポチャンと小さな音がした。海に落としてしまった。事態を把握した途端頭を抱える。どうしよう。まだ内容も読んでいないし、もしあれがただの紙ではなく高価なものだとしたら最悪だ。ただの紙がポチャンなんて音をたてるはずがない。特殊な加工がしてあるのではないだろうか。そう、例えばアトラクションのフリーパスだとか。これは迅速に謝った方が良いかもしれない、と目の前のネオンを諦める。怒られる覚悟を決め、来た道を戻った。

 乗ってきた車に近づくと、零さんが驚いたように私を見た。どこか安堵した様子も見られる。彼は何やら小さく呟いたがよく聞こえない。辛うじて「良かった」「xxx」が聞き取れたので、私を心配していたのかもしれない。外出時の連絡を義務とするくらいの心配性であるから不思議ではないが、そんなに焦るなら置いていかなければ良いのにと思う。
 縋るように閉じ込められた腕の中で、零さんを見上げる。
「あの、ごめんなさい。さっき貰った紙、海に落としてしまって……大切なものなのに」
 そう言って眉を下げる。頭上から降ってきたのは予想していたお叱りではなく、蕩けるような笑みだった。
「まったく、あなたには敵わない」
 それにしばらく見惚れてしまったのは、仕方がないと思う。
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