Re:高そうなお店はたいてい美味しい2



 ドレスアップして現れたxxxは言いようもなく美しかった。部下たちが良い仕事をしたようだが、自分以外がこれを見るのは惜しい気がした。いつになく綺麗だと褒めれば、嬉しそうな表情をして自然に褒め返す。きっと言われ慣れているのだろう。事実それを何度も耳にしている。xxxが他人に褒められるのは面白くない反面誇らしいが、素敵だなどと返すのはやめてほしい。心臓がもたない。相手が俺なら良いが、他の男ならば自分に気があると勘違いして舞い上がるだろう。
 手筈通り、部下たちに何があってもxxxを守るように指示して夜景のよく見える席に移動する。料理は手配済みらしいのでxxxの好きなドリンクを頼んだ。この後は車で家に帰るつもりなので飲酒できないのが残念だ。いや、プロポーズするのにアルコールが必要な男だと思われたくないので、どちらにしても酒は必要ない。
「今日は何か特別なことが?」
 xxxが思い立ったように尋ねた。何気ない会話のつもりだったのだろうが、俺を動揺させるのには十分だった。咄嗟に「合図を送ったら指輪を持ってくるように」と指示したウエイターを見てしまう。いよいよか、と動き出しそうな彼にまだだと小さく首を振った。幸いにもxxxはそれ以上何か問うてくることもなく、話題は最近見た映画などに移っていた。

 心の準備とタイミングの計らいを慎重にしていたら、あろうことかディナーを終えてしまった。少し遠くにいる部下たちの視線が痛い。指輪と一緒に渡そうと思っていたカードもまだ自分のポケットにある。表面には結婚してくださいと手書きで綴ってあるものだ。すっかりと食事を終え、いつまでも留まるのは不自然だろうと席を立ち車に向かった。
 xxxに気付かれないようウエイターから指輪を回収し、上着のポケットに入れる。仕方ない、このまま家に帰ることはやめて別の場所で仕切り直そう。今度こそは、と深く深呼吸をした。

 俺のお気に入りの場所だと言って案内したのは、海沿いにある橋だ。仕事の関係で偶然見つけた場所だが、いつかxxxを連れて来たいとは思っていた。隣から聞こえるxxxのはしゃぐ声に、クスリと笑みがこぼれた。橋の中央まで歩いて、立ち止まる。
 心臓が全力で働き、ドクドクという音が耳元で聞こえるようだった。意を決して口を開いたが、自分のものだというのに期待していた仕事を成してはくれない。ああ、何をしているんだ。ポケットの指輪とカードを差し出して、xxxに愛を誓うのではなかったか。
 ここまで条件を整えておいて、求婚の言葉が出てこないのはなんと情けないことだろうか。xxxが俺を愛してくれているのは間違いない。結婚してくれと懇願すれば、はい以外の返事は返ってこないだろう。しかし、それは彼女の逃げ道を潰していることになりはしないだろうか。いくら俺のことが好きだとはいえ、警察庁警備局警備企画課に所属する降谷零の婚約者という重い肩書を受け入れたいだなんて思うだろうか。そもそも本来ならば俺の所属を知っていることすら重荷だろうに。
 向こう側は綺麗にライトアップされた明るい場所で、歩いてきたこちら側は暗い。
「俺はここから車に戻る。xxx――あなたはどちらに進んでも構わない」
 あれこれ思案した末、俺はそう言って彼女をきつく抱きしめ、手書きのカードだけを握らせた。俺が離れている隙に万が一何かあってはならないようにと、発信器と盗聴器をカードの裏面につけておくのも忘れない。xxxの反応を見るのが怖くて、よく考えて決めてくれと言い放ち急ぎ足で車に戻った。

 車に戻った俺は、落ち着かない様子でその場を歩き回った。もしxxxが向こう側に行ったならば返事は「いいえ」、こちら側なら「はい」だ。賢い彼女ならば気づいているだろう。向こう側に行ったとしても、xxxを手放すなど出来るはずもないので、風見たちに家まで送らせるよう頼んである。その時は、組織の壊滅を終えたらもう一度求婚しよう。
 いてもたってもいられず発信器でxxxの進行方向を確認する。数歩、向こう側に動いていた。それから発信器の信号が途絶える。無かったことにしよう、ということだろうか。キリキリと体の中心が痛む。そうか、そうだよな。自称気味に漏れた声はかすれていた。
 目の前が暗くなり、しばらくその場から動けなかった。上手く息もできていない気がする。おまけにxxxの幻覚も見える。速足でこちらにやってくるxxxは、薄暗い中でも綺麗なままだ。足音や息遣いもリアルで、まるで本当に彼女がここに――い、る? 本物だ。驚いたのと同時に安堵のため息が出る。
 ああ、xxx。俺と生きてくれるのか。嬉しい、良かった。振られたかと。本当に、来てくれてありがとう。先ほどまでとは違う意味で息が詰まって、この中でいくつ伝えられたか分からない。目の前の彼女を確かめるように抱き寄せた。
「あの、ごめんなさい。さっき貰った紙、海に落としてしまって……大切なものなのに」
 腕の中のxxxが俺を見上げる。本当は処分などしたくなかった、と言うような顔のxxxにハッと気付いた。俺の指紋と筆跡、そしてxxxの指紋がバッチリ確認できるあの紙。持つ人が持てば危険な情報となる。いくら大事に持っていようと万が一、ということはあり得るのだ。ただ、海に流してしまえば誰にも見つかることは無い。俺の浅慮までもカバーしてくれる彼女はどこまで素晴らしいのだろうか。
 しかし、眉を下げるxxxを見てそれだけではない気がした。一体他にどういう意味が、と浮かれてうまく回らない頭で考える。ひとつ、思い当たることがあった。
「まったく、あなたには敵わない」
 紙に書くのではなく、直接言ってくれということだろう。どうしようもなく愛しい彼女に、緩む口元を近づけた。


 翌朝、隣で眠る彼女を確認しベッドを出る。もう少しxxxの寝顔を見ていたいところだが、と名残惜し気にその頬に手を這わせるとxxxが身じろいだ。それから薄く目を開ける。起きたようだ。大きめのベッドに横たわる姿は、スリーピングビューティーを彷彿とさせた。まだそのままでいてくれ、と声をかければ彼女は小さく頷いた。
 昨日渡せなかった指輪を持って、もう一度ベッドサイドへ向かう。xxxが寝ている横に座った。彼女の左手を手に取り、甲に軽く口づける。
「俺だけの眠り姫、どうか結婚していただけますか」
 そう問えば、xxxは口角を綺麗に上げた。その唇が「喜んで」と言葉を紡ぐ。薬指に指輪を嵌めれば、彼女はますます嬉しそうに笑った。
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