Re:ほらまた莫迦なすれ違い



 警察学校時代や新人の頃は、大小関係なく度々怪我をした。不注意だったものもあるし、技量不足からくるものもあった。だが実力をある程度身に着けてからは気を抜いてさえいなければ滅多にこの体が傷つくことは無い。それが故意でない限りは。
 きっかけは、傷ついたxxxの元後輩をxxxが大層気にしたことだった。怪我人だからせめて、と懇願するxxxに「俺も同様に傷つけばもっと俺を見てくれるかもしれない」と思ったのだ。その後さっそく自分の利き腕を犠牲にし、検証を試みた。結果は上々で、自分のためにxxxが心を砕き動く様に何とも言えぬ満足感を覚えた。彼女に構ってもらいたい気持ちでわざと紙や包丁で指を切ったり、軽い火傷をしたり、時にはわざと暴力を受けもした。その傷を見せるたびにxxxはせっせと俺の手当てをして「次からはもっと気を付けてくださいね。心配ですから」と潤んだ瞳で見つめる。俺の傷跡を痛々しそうに撫でる彼女を眺めるたびに、愛されている実感が湧いた。

 今思えば、それで止めておけば良かったのだ。もっと彼女に関心をもって貰おうなんて考えず、現状に満足してさえいれば。そうすればxxxが勘違いをして俺から離れるなんてことはしなかったのに。

 同棲を始めてからしばらく経つが、xxxは俺と一緒に過ごすことに慣れてしまったらしい。俺は今でさえxxxと話すだけで緊張をして動悸が激しくなるし、触れてその先なんて尚更で、離れている時ですらほとんどxxxのことを想い焦がれ、要するに好きすぎて頭がおかしくなりそうだと言うのに。彼女から俺を求めることは全くない。それが不満でどうにかしようと思ったのだ。ポアロでxxxが素っ気ないと洩らすと、梓さんや園子さんが瞳を輝かせて提案したのが嫉妬を誘うことだった。
「安室さんは“xxxさんしか見えていません”って感じだから、xxxさんも油断しちゃっているのよ。押してダメなら引いてみろ! 浮気はしなくても、他の女を匂わせて焦らせなきゃ!」
 そう力説され、代案もないので試してみることにした。ただ、その辺の女性を捕まえて仲良くしてしまうと後が面倒だ。俺に本気にならず、且つ何度か会うことができてxxxの知らない女性というのは少ない。消去法で残ったのがベルモットだった。あまりxxxと接触させたくないが遠くから認めさせるだけならばベルモットにも感づかれにくい。車にだってわざと女物のアクセサリーを放置してxxxに見つけさせた。
 最初は上手くいっていた。3度目にはついにxxxが「あの、今日の女性……」とベルモットを気にする素振りを見せてくれた。しかし、その後すぐに「やっぱり何でもないです」とかぶりを振って俺を問い詰めるまでには至らなかった。ネタ晴らしにはまだ早いと、xxxが出かけるたびに作戦を今日まで続けてきた。

「ねえ、バーボン。あなたにもエンジェルがいたのね」
 いつも通り任務兼送迎で呼び出された際「この辺に用事があるので」と言ってxxxとニアミスした時、ベルモットがxxxを視界に捉えて言った。この女に感づかれてしまうなんて、俺はよほどxxxのことしか頭になかったらしい。どこまで分かっているのか、ベルモットは意味深な笑みを湛えて続ける。
「安心してちょうだい。私にだってエンジェルがいるから、無暗に彼女を傷つけたりしないわ。……今のところは」
 背筋が凍った。何のことです、と白を切るが通用していないだろう。ポアロで貰った作戦は今日限りで終了だ。

 ベルモットと解散し、急いでxxxにメールを打つ。発信器の類は調べ尽くしたが万が一ということもあるので、念のため今日は俺もxxxもあの家に帰らない方が良いだろう。金銭は十分に持たせているのでホテルにでも泊まってくれればいい。俺も今日はセーフハウスで過ごそう。
 暫く使っていなかったセーフハウスの環境を整えて携帯を見れば、xxxからメールが返ってきていた。どこに泊まるのか書いてあるのだろうとメールを開いて、予想しない内容に目を疑った。どうやら物凄い勘違いをされているらしく、加えてxxxは嫉妬どころか身を引くつもりだ。なんてことだと頭を抱えて倒れこむ。ああいや、こうしている場合ではない。全身から血の気が失せ、冷や汗が伝った。起き上がって何とかxxxの居場所を探る。移動速度は70キロ前後。電車か車だろうか。更に正確なGPS情報から線路に沿って移動していることが分かったので、電車だろう。全速力で彼女のもとに向かう。途中、何度電話をしても繋がることは無かった。
 少しすると、位置情報の移動速度が突然遅くなった。電車から降りたのなら車を使われる前に見つけ出そうとアクセルを踏みぬく。やっとの思いで発信源の近くまでたどり着いたが、xxxは見当たらない。車から降りて、もしやと駅員に携帯の機種と色を告げて届いていないかと確認すれば案の定。いつだったか俺がxxxに贈り、警察庁でも活躍を見せたハンカチと一緒に彼女の携帯がそこにあった。
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