絆されているらしい



 ここ数日、哀ちゃんとお喋りをしたり阿笠博士とゲームの開発をしたりして過ごしている。ただ御厄介になるのも悪いので、家事は手伝わせてもらっている。博士の健康管理を哀ちゃんが担っていることは知っていたが、実際に小学一年生が料理をしているところを見て驚いたのは記憶に新しい。手際よく調理されていく食材に、少し自分が情けなくなった。料理は私も苦手ではないが得意でもない。これを機に哀ちゃんからヘルシーなメニューを学ぼうと思うあたり、私は彼女を完全に大人扱いしているのかもしれない。
「それにしても、よくこんなに思いつきますね……」
 カタカタと博士の考えたクイズをPCに打ち込みながら苦笑する。開発しているのは推理RPGで、小学校に転校してきた主人公が少年探偵団と共に届く依頼をこなしていくという内容だ。もちろんモデルは彼らであるし、ゲーム内の依頼には博士の考えたクイズや暗号が散りばめられている。平日の日中は哀ちゃんが学校に行っているので、博士と二人きりだ。だからこうしてのんびりとゲーム開発をするのが日課になっている。
「中々の出来じゃろ? 自分たちが主役のゲームを作ってくれって子供たちに頼まれたんじゃが、ワシはこの通り忙しくてな。xxxくんが居てくれて助かったわい」
 博士は得意げに私を見た後、全自動フレンチトースト製造機の修理に戻った。発明品をやたら近所に配りたがるのは良いが、十分にデバッグしてからという発想は無いのだろうか。

「はかせー!」
「……ただいま」
 元気な子供たちの声の後に、哀ちゃんのクールな声が聞こえた。広いけれど仕切りの少ないこの家の1階は、振り向くだけで玄関まで見える。少年探偵団たちがわらわらとやってきたようだ。博士と一緒にいらっしゃいとおかえりなさいを言って迎えれば、コナンくんが私を見て駆け寄ってきた。表情には必死さが滲み出ている。何かしただろうか。
「xxxさんどうしてここにいるの!?」
 コナン君は私の腕を掴んで体を引き寄せ、食い気味に問いかけてくる。戸惑いながらも次の仕事と宿が見つかるまでの居候だと告げる。はあ? とガラの悪い返答がコナン君の口からでた。
「バーローこんな所にいねーで今すぐ家に……いや、安室さんに連絡して迎えに来てもらう方が早いか。良いかxxxさん、後できっちり事情を聞くからな!」
 コナン君は一方的にそう言うと、携帯電話を取り出して電話をしに行ってしまった。お姉さんコナン君のそんな言葉づかい聞きたくなかったな。私も他の子どもたちも、コナン君のあまりの剣幕に驚いている。どういうこと? と誰に問いかけるでもなく呟いた。


 コナン君に博士の所で生活するまでの経緯を説明したが、どうやら安室さんの話との間に齟齬が生じているようだ。コナン君は何やら考え込んで黙ってしまった。30分もしないうちに阿笠家の玄関扉が勢いよく開かれたかと思うと、安室さんが駆け込んできた。あたりを見回し、私を見つけると勢いよくこちらへ向かってきたが、途中ではっとした様子をみせてからフラフラと一歩一歩確認するような足取りに変わった。私の目の前まで来ると、恐る恐るこちらへ手を伸ばす。濃い隈に無数の傷、記憶よりも不健康な気がした。
「xxx、xxx……もういかないでくれ、xxx」
 頬から首へ、鎖骨を経由して肩を、髪の先、腕、手の甲、指先。戻って腹からゆっくり下へ、足先に達するまで私を確認し終えると安室さんは少しだけ安堵の息を吐いた。私もこっそりと細く息を吐く。哀ちゃんを含めた子供たちは公園へ遊びに行かせたが、まだ博士もコナン君もいる。人目があって恥かしいというのもあるが、コナン君の教育上よろしくないので心配だった。横目で2人を見ると勢いよく顔を逸らされた。
 さあ帰りましょうと弱弱しく微笑む安室さんにあわせて席を立つ。博士に「お世話になりました」とお礼を言って安室さんの車に乗った。哀ちゃんには後で連絡を入れておこう。博士にも低カロリーな菓子折りを差し入れなければ。

 車の中で、安室さんは意外にも始終無言だった。おかげで状況を整理する時間が出来たのだが。安室さんの様子からして、私を探していただろうことは分かる。でもどうして? ターゲットはあの美女に移ったのではなかったのか。まさか、また私に戻ったとでも云うのか。安室さんの脳内で何があったにせよ、私はもう少し彼と共にいなければならないらしい事は明白だ。加えて以前よりも複雑な状況になっている。家に到着したら、彼の視点での出来事を聞いてかみ砕かなければならないだろう。


 「――だから、本当にすまなかった。もう絶対にこんなマネはしない。俺にはxxxしかいないんだ。たのむから、俺をすてないで、おいていかないで。ずっと傍にいてくれ、xxx。莫迦なことをした俺を赦してくれなくても良いから、ただここに居てくれるだけでいいから、だから、xxx……」
 安室さんから事情を聞いた。その時に絞り出すようにして囁かれた言葉と、縋るようにして触れられている体温にのぼせてしまったらしい。私がいないと生きていけないらしい彼と、“ずっと”とまでは言わずとも“もう少しだけ”一緒に居ようかと思ってしまう程度には。
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