Re:特筆するようなこともない



 僕には、xxxxxという世界一の恋人がいる。
 ゼロに所属している以上、無暗に降谷零や安室透として彼女と接触することはできない。しかし登庁するときには決まって顔だけでもあわせるようにしていた。すれ違いざまに一瞬目を合わせる。たったそれだけでも愛を確かめ合うには十分だと僕は思っているし、彼女もきっとそうだ。とはいえ寂しい思いをさせてしまっている事に変わりはないのだろう。寂しいのは僕も一緒だ。こんな状況で文句の1つも言わないxxxは本当にできた恋人だが、少しくらいワガママを言ってくれたって良いのではないかと思う。

 そんな事を思っていた数日後、僕は清掃員の変装をしてラウンジにいた。庁内にいるスパイ特定のためだった。
正午を軽く過ぎたあたり、xxxが後輩とお昼を食べに来た。空いている席を探しているのか、あたりを見回している。周りに気付かれないようにxxxの方を見ていると、xxxも僕に気付いたようだった。目立つ髪色は帽子で見えていないはずであるし、変装をしているのに僕だと気付くなんて流石僕の恋人だ。しかし、あまり長く見つめあっていては僕たちの関係が露見してしまう。無理やり視線をテーブルに戻し、仕事に集中しなければと周囲の会話に聞き耳を立てた。

 二十分ほどしてxxxたちは食事を終えたようで、席を立った。いつもxxxの隣にいる後輩の女が羨ましい。本当は僕だってxxxに手料理を食べさせてあげたいのに。
 xxxのいた席を清掃しようとすると、彼女の座っていたイスの上にハンカチが置いてあった。僕が彼女にプレゼントしたものだ。普段忘れ物をあまりしない彼女にしては珍しい。
 ああ、なんだ。
「……随分といじらしい事を」
 ハンカチを優しくなでた。つまりは、僕に拾ってほしくてわざと忘れていったのだろう。このハンカチを僕が回収し、忘れ物と称し彼女に手渡すことができると踏んで。どうやらxxxも僕不足らしい。
 そうと決まれば彼女のもとに向かわなくては。誰も見てないことを確認して、彼女のハンカチを口元にあてて深呼吸する。xxxの匂いだ。いつも付けている香水の匂いが移るほど、xxxはこのハンカチを肌身離さず持っているらしい。嬉しくてどうにかなりそうだ。無意識に口元が緩んだ。

 彼女のヒールの音が廊下の向こうから聞こえてきた。このだらしない表情を彼女に見られるわけにはいかないので、帽子を深く被り気を引き締める。
 ポーカーフェイスは得意だろう、降谷零。彼女に話しかけるタイミングを見計らう。
「すみません」
 久々に正面からきちんとxxxを見た気がする。まさしく記憶の通りに綺麗だ。
「これ、先ほどラウンジに忘れていかれましたよね」
 手袋を外してハンカチを差し出すと彼女はわずかに目を見開いた後、安心したように笑った。僕がきちんとハンカチを回収したことに安堵しているのだろう。僕がxxxからのメッセージを逃すはずはないのに。
「ありがとうございます。丁度取りに行こうと思ってたんです。助かりました」
 ハンカチを渡すときに、指先が触れ合った。わざわざ手袋を外した意図をxxxはきちんと汲んでくれたらしい。恋しいのはお互い様だ。知らずに口元が緩んだ。
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