Re:絆されているらしい



 最初は、xxxが俺とベルモットの仲を誤解して身を引いたのだと思っていた。不貞を働いた俺に心を痛めながらも、俺の幸せを願って姿を消したのだと。どうやらそうではないらしいと気が付いたのは、xxxのハンカチと携帯を持ち帰って中身を調べた時だった。彼女の携帯は、初期化されていた。指紋も綺麗に拭き取られている。データを復元できないことは無いが、した所で意味はないし、そもそもペアリングしていた俺の携帯に残っている。ペアリングについてはxxxも承知していたので、重要なのは消えたデータではなく“xxxが初期化をした携帯を置いていった”という事実である。
 それが意味するところを察することのできないほど、俺は無能ではない。おそらくxxxは俺の肚(はら)の内を知っていたのだ。くだらない欲求に任せて他の女を利用し、彼女の嫉妬を期待していたことを。それに彼女は失望し、腹をたて、ついには俺に愛想を尽かしてしまったらしい。彼女の愛情を試すような真似をしたことを、心底後悔した。もしxxxに会えるなら――いや、なんとしてでもxxxに会い、もう一度チャンスが欲しい。彼女にだけ見せる俺として、みっともなく許しを乞わせて欲しい。


 そこから廃人のようになった俺をコナン君が見つけるまでの事は、あまり詳しく覚えていない。いつだったかxxxを探しに来た公園でぼんやりと彼女のことを考えて過ごすか、心当たりの場所を回りxxxを探すだけの生活だった。体力が尽きて回復を待つとき、xxxが手当てをしてくれた傷跡を無意識に抉り返していることもあった。
 公園で記憶の彼女を追っていると、何日か連絡のつかない俺を探しに来たコナン君によって発見された。コナン君は俺の状態を見るや否や「何があったの?」と焦る様子をみせる。xxxに捨てられたことをぽつりぽつりと話す。きちんと言葉にしているうち、後悔の念と認めたくない現実が押し寄せてきた。
 コナン君は俺をタクシーに乗せ、新出医院へ運んだ。促されるがまま受付を終え、診察室に通された。若い医師に、コナン君が俺の健康状態を診て欲しいと頼んでいる。軽く触診をしながら、新出医師は俺に問いかけた。
「食事はどの程度とっていましたか?」
「あまり」
「睡眠は?」
「気づけば意識を失っていることはあります」
「答えたくなければ構いませんが、その傷は?」
「自分で、無意識に。こうすれば彼女が来てくれると思ってしまうのでしょうね」
「彼女?」
「……」
 xxxについてこの男に話す気は無かった。口を閉ざした俺に新出医師は簡単な傷の処置をした後、栄養剤と睡眠薬を処方した。心療内科を勧められたが、薬剤やカウンセリングなどでxxxは戻ってこない。曖昧に返事をして診察室を出た。コナン君には十分休養と栄養をとれと再三念を押され、ああ分かったそうするよとセーフハウスへ帰った。xxxと住んだ家には、その思い出に耐えられそうにないので足を踏み入れることが出来ていない。
 遠ざかる俺の背中に「ぼくもxxxさんを探してみるから! 見つかったら一番に連絡するよ!」とコナン君が叫んだ。


 更に時が経ち、思いつくことは全て調べ付くしてしまった。携帯の履歴も、トラッキングも、目撃情報だって集めた。捜索依頼は出していないが、風見たちにも探させている。それなのに見つからない。俺が守ってやれない間に、何か事件に巻き込まれたのではないかと焦燥感だけが募っていったときだった。
 安室透の携帯が鳴った。探偵の依頼かアルバイト関係なら無視だ。ちらりと確認だけすれば発信元はコナン君だった。xxxが見つかれば連絡をすると言っていたことを思い出し、僅かな期待を込めて電話をとる。
「もしもし安室さん!? xxxさんがいたんだ、今すぐ来て! 場所は――」
 すぐさま告げられた場所に向かう。自分より先に小さな名探偵がxxxを探し出したのは癪だが、向かっている場所を思い浮かべ、俺が見つけられないのも仕方がないと無理やり納得する。xxxが灰原哀と仲良くしているのは知っていたが、まさか居候を許されるほどとは思うまい。年齢差がありすぎる。加えてその少女は俺のことを苦手としているらしく、極端に接触する機会も少ない。なんて、言い訳だろうか。そっと自嘲して車を止めた。
 インターホンを押して返事を待つ時間も惜しく、無礼だとは思いながらも勝手に玄関扉を開けた。広く障害物の少ない部屋は簡単に全体を見通せる。ぐるりと周囲を見れば本当にxxxがいた。心臓が跳ね、くらりと脳が悲鳴をあげる。もっと近くで彼女を確かめたいとxxxに駆けた。あと少しというところで、足取りが鈍くなった。
 もし、xxxがもう俺の顔など見たくないと言ったら? 赦してもらえなかったら? 拒絶され、チャンスさえもらえなかったら? 俺は、どうすれば良いのだろうか。それに耐えられるだろうか。急に怖くなり、一歩一歩が鉛を引いているように重い。しかし止まるわけにはいかない。
 ついにxxxの目の前まで来た。彼女にじっと見つめられ、久々の感覚に酷く眩暈がした。彼女の表情から俺への負の感情は汲み取れない。あるのは少しの困惑と憂慮だった。恐恐と最愛の人に手を伸ばし、その頬に触れる。振り払われないことに心底安堵した。彼女が抵抗をしないので、目の前の人の存在を隅々まで確かめる。xxxがここにいる。俺の手の届くところに。
 もう行かないでくれと縋れば彼女から拒む声は出なかった。さあ帰りましょう、と随分帰っていないあの部屋を思い浮かべxxxの手を引いた。xxxは傍に居た2人に挨拶をすると俺に続く。ここで初めてxxx以外の人物がこの場にいたことを思い出した。

 帰路、話そうと思っていたことがまとまらずに結局何も言う事ができなかった。自分が何を思ってあんな真似をしたのか、このところどのような思いで過ごしていたか、これからどうしていきたいか。xxx、伝えたいことがたくさんあるんだ。あの家に帰ったら全て話すから、きっと受け止めてくれ。助手席に座る彼女をそっと盗み見た。
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