早く帰りたい



 近所のデパ地下でチョコレートフェアがやっているそうなので、仕事帰りに寄った。基本的には残業などしないため、夜勤であったり冬であったりしない限り日没までに職場を出ることが出来る。
 甘いものは女性というジェンダーよろしくそれなりに好きで、有名どころのチョコレートが安くそれも近場で買えるとなれば上機嫌にもなるだろう。お目当てのチョコレートコレクションや、ついでに職場への差し入れと、万が一お見舞いやお呼ばれで手土産を渡さなければいけなくなった時のための予備などを買い込んで意気揚々と家へ帰るはずだったのだ。予備は賞味期限ギリギリまで出番がなければ自分で食べてしまおう、なんて浮かれながらデパートの階段を上がろうとした時、誰かが後ろからドンとぶつかってきた。その勢いで階段に座り込んでしまう。転げ落ちなかったのがせめてもの救いだ。
 痛いじゃないかとぶつかってきた人物の方を向けば、顔を真っ青にした綺麗な女性で、私が何か言う前に急に苦しみだした。
「えっ、だ、大丈夫ですか?」
 大丈夫なはずはないのだが、とっさにそう確認してしまう。周囲を見回すが人々は何事だと遠巻きにこちらを見ているだけで、手を差し伸べようとはしない。女性は必死に何か譫言(うわごと)をいっているようだが聞き取れなかった。
「だ、誰かこっちに来て手伝ってください! 女性が急に倒れて……」
 私がそう叫ぶと、ようやく何人かがこちらに来てくれた。救急車を呼ばなければと携帯を取りだす。そのまま119番のコールをし、救急隊の到着を待った。

「おねーさん」
 電話を終えると下から声がした。
 そちらを向くと、メガネをした小学生くらいの男の子が私の服の裾を引っ張っている。どうしたの、と目線を合わせるようにしゃがんだ。
「いま救急にかけてたよね」
 少年の質問に頷く。
「警察には連絡した?」
「いいえ、していないけれど……」
 電話した方が良いなら今からするよともう一度携帯を開けば、別のお兄さんが連絡してくれたみたいだから大丈夫だよと言われた。そうなの、と体は少年の方に向けたまま女性が心配でそちらに目線を向ける。
 彼女はデパートの医務室に運ばれていくところだった。意識はすでに無いというのに痙攣している手足は、小学生に見せるものではないなと思った。少年の目線も私と同じ方に向いたのを見て慌てて声をかける。
「ぼく、お父さんやお母さんは?」
「今日は知り合いのおじさん達と来たんだ! そこにいるから大丈夫だよ」
 少年が指した方には確かに男性2人と高校生くらいの女性がいた。女性がこちらに気付いて向かってくる。
「もう、コナン君! こんなところにいたのね。すみません、ご迷惑をお掛けしたみたいで」
「ああ、いえ、迷惑なんてとんでもないです」
 礼儀正しい彼女はコナンと呼ばれる少年に軽く注意をしたあと、私に向き直って毛利蘭ですと自己紹介をしてくれた。呼び方は蘭で良いという彼女に、私も自己紹介をしたあと名前で呼んでねと付け足す。少年は江戸川コナンというらしい。
 コナン君たちと一緒に来ていたらしい人たちとも合流した。それぞれ毛利小五郎さん、安室透さんと名乗ってくれた。2人ともどこかで見た気がする。
「あの有名な毛利先生ですか」
「いやあ、こんなお美しい女性にまで知っていただけているなんて」
「お父さんったら、鼻の下伸ばしちゃって!」
 眠りの小五郎とそのお弟子さんらしい。お弟子さんの方はポアロでアルバイトをしているようで、ああだから見たことがあったのかと納得した。そんな会話をしているうちに救急と警察が到着したようだった。
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