さっきより怖い



 連行されていく犯人に安心してほっと息を吐くと、佐藤さんという女性刑事さんが大丈夫ですかと声をかけてくれた。人質にされたときは少々怖かったものの、喉元過ぎればなんとやらである。
「とても驚きましたけど、今はもう大丈夫です」
「あら、意外と肝が据わっているのね」
 なんて佐藤刑事と会話をしていると、コナン君がいつの間にか傍にいた。
「でも凄いねーxxxさん。普通の女の人ってああいう状況だと怯えて何もできないか、がむしゃらに暴れるかなんだけど」
 冷静に対処しちゃうなんて、と一段声の低くなったコナン君に驚く。さっきまで幼くて可愛らしい少年だったのに。
「xxxさん、格闘技を習ってるの?」
「そうじゃないんだけどね、丁度この間――」
「彼女は最近、友人に護身術を習ったばかりだったんですよ」
 安室さんが私とコナン君の間に入った。探偵さんってそんなことまで分かってしまうのか。コナン君も不思議だったようで、キョトンと安室さんを見上げている。
「その通りなの。私、一応警察の人間で――と言っても肉体派の課じゃないんだけどね、お友達に少し教えてもらったんだ」
「へえ、そうなんだ!」
 一瞬だけ大人びて見えたコナン君も、それが気のせいだったかのように小学一年生の顔に戻っていた。警察の、と言ったところで少し驚いた様子だったのでそうは見えなかったようだ。もっとも、PCの前に一日中座っているような仕事であるから当然なのだが。
 コナン君は何か思うところがあるようで「ねえねえ」と安室さんを呼んで内緒話をしている。仲が良いなと眺めていると、すぐに話は終わったようだった。そういえば安室さんに犯人確保のお礼を言っていないことを思い出した。
「安室さん、先ほどはありがとうございました」
「いえ、当然の事をしたまでですよ」
 安室さんが、なんてことは無いと手を振った。
 その後蘭ちゃんも交えて少しの間談笑し、警察も撤収しそうなのでそろそろ帰ろうかという雰囲気になった。
「ではxxxさん、こんな時間に女性1人では危ないですからお送りしますよ」
「そんな申し訳ないですよ、家もこの近くなので大丈夫ですから」
 ぜひ、いえ、ぜひ。安室さんと何度か言い合った後、コナン君の説得もあって折れたのは私だった。男の人を家に近づけると柚がうるさいんだけどな、と内心ため息をつく。
 ごくたまに残業などで帰りが遅くなると同僚が送ってくれるのだが、その事をどこで聞いてくるのか次の日は柚に小言をもらう。柚は警戒心が無いとかなんとか私を怒るけれど、別に特別色っぽいこともない。
 それじゃあお言葉に甘えて、と眉を下げる。安室さんは自然すぎる動作で私の肩を抱いて車に案内してくれた。女性の扱いに相当慣れているのだろう。デパートの駐車場へ行き、白い車の前で止まる。どうやらこれが安室さんの車らしい。
 どうぞ、と助手席のドアを開ける彼のエスコートは完璧だ。ありがとうございますと席に座ると何ともお高そうな座り心地だった。車には詳しくないのでよくわからないが、きっと物凄いお値段なのだろう。

 車内で軽い世間話をしているうちに、あっという間に家についた。車を止めてもらい、本当にありがとうございましたとお礼を言おうとした所で、ある疑問が頭をよぎった。
 どうして私の家の場所を知っているのか?
「どうかしました?」
 車のドアに手をかけたまま固まった私を心配して、安室さんが声をかけてくれる。私はここに付くまで彼に自分の住んでいる場所を教えていない。誰かから聞いたのか? いや、安室さんと会ったのは、ポアロで見かけてはいるが今日が初めてだ。
 一体どこで住所を……ああ、そうか。警察に事情聴取をされたとき、身分証明として免許証を見せたのだ。そこには住所も記載されている。1人納得して、再び安室さんにお礼を言う。
「一度見せただけの免許証の内容を覚えてしまうなんて、流石探偵さんですね」
 車から降りがてらそう声をかけると、安室さんは驚いたように目を見開いた。そして緩く首を振ると穏やかに微笑む。
「僕が安室透としてここへ来たのは、もう僕たちの関係を偽らなくても良いと思ったからですよ」
「はい?」
 今日は怖い思いをさせてしまってすみません。
 今後はきちんとあなたを守ります。
 いっそ一緒に住むことにしましょう。
 準備が出来次第迎えに行きます。
 良い子で待っていてください。
 次々と安室さんは言葉を紡ぐが、意味がわからない。正直、こんな状況でなければ嬉しい言葉だろう。世の男性が妬むようなスペックを持つ彼に言われているのだ。しかし私と安室さんは恋人でも何でもない。何この人怖い。咄嗟に逃げそうになるが彼の強さは先ほど見たばかりだ。追われたら逃げ切れないし、捕まったら抜け出せない。幸いにもこのまま適当に頷いていれば解放してもらえそうなので、引き攣る顔で何とかその場を乗り切った。
 先ほど買ったチョコレートが1つ取り換えられていたなんて、酷く疲れて家へ帰った私は一生気が付かないことだろう。
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