甘たるい認知

 零さんが手配してくれたマンションの一室を出て、アルバイト先のポアロへ向かう。コツコツと慣れないヒールを響かせ歩いていれば、前から歩いてきた青年に声をかけられた。
「いきなりすみません。それ、xxxxの恰好、ですよね」
 またかとため息をつきそうになるのを抑えて曖昧に微笑む。青年は「わ、本物みたい」と顔を真っ赤にして呟いた。それから写真を撮らせてくれと頼むので、どこにも公開しないことを条件に1枚だけなら、とカメラに視線をあわせた。

 最近、外で呼び止められることが多くなった。俗にいうナンパなどではなく、xxxxの担当医だと名乗る方々からの一方的な応援だ。最初こそ何事なのかと戸惑ったが、よく考えれば当然のことだ。彼らは私の事をxxxxの熱烈なファンで、尚且つとてもよく似た人物だと思っているらしく、記念撮影や握手を求めてくる。ゲームの登場人物であった私の存在を不特定多数が知っているのは不思議ではないし、そのゲームの性質上、好意を向けられることが多いのも分かっている。それが有難いことだというのも。実質、有難いのは私ではなく製作会社だが。しかし、こうも毎日対応しなくてはならないのは少し億劫だった。

 ポアロに着いて、マスターにおはようございますと声をかける。シフトボードを確認し、そういえば梓さんと零さんはお休みだったな、と残念に思った。
 お客さんの中にも私の事を知っている人々がいるようで、時折ひそひそと私の名前を出しての会話とシャッター音が聞こえる。自意識過剰かもしれないが、どうしても気になってしまう。せめて盗撮はやめてくれと言ってやりたいところだが、言ったところで白を切られて泣き寝入りするのが目に見えている。零さんが一緒のシフトに入っているときはそれがないので安心できるのだけれど。
 いっそ零さんに相談してみようか。そう考えて、何でも彼に頼るのは良くないと頭を振った。何も危害を加えられたわけじゃない。気にしなければ良いだけのことだ。よし、と気合を入れなおして大げさに口角を上げた。

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 1年間だけと期限を決め、xxのひとり暮らしを許しはしたが当然そんなに待てるわけがない。どうにか早めに音を上げてくれやしないかと、自慢の頭脳で考えたのは俺がxxの逃げ場になることだった。
 手始めに“xxxxに似た人物がいる”なんて目印になる建物などと一緒にインターネットの海へと投げつければ、血の匂いを嗅ぎつけたサメがわんさか寄ってきた。どこそれ、どれくらい似ているの、詳しく。鳴りやまない通知と詳細を求める声にニンマリする。
 今日はこの付近で見た。一昨日はそこだった。握手くらいなら応じてくれるよ。写真はネットに流さないで欲しいらしい。
 好き勝手にxxの情報をリークしていれば、彼女に接触する者たちも増えてきた。今日はあっちで見かけた。ここで働いているらしい。俺が流さなくとも、サメたちが自ら血の匂いを追うようにもなっていた。中には彼女に過度の好意を抱く輩や、考えの足りない馬鹿も混じっているようで、時折xxに被害が及びそうになる。その度に俺はそいつらに注意をしてまわる。xxが安心していられるのは俺の傍だと分からせたいだけで、彼女を傷つけたいのではないから。彼女に接触した奴らは全員マークし、少しでも怪しい動きをしようものなら警告を出す。トリプルフェイスの期間が終わっていて良かったと心底思った。そうしていればいつの間にか“暗黙の了解”が出来始め、マナーの悪いサメはめっきり減っていた。
 そんな努力の甲斐あって、xxの担当医たちは順調に彼女の精神をすり減らしてくれているらしい。日に日にストレスを溜めていく彼女を遠くから眺め、そっと息を吐いた。俺が一緒にいればこんなことにはならないと、そろそろ気付いているはずだ。次に会った時にでも相談をしてくれるだろうかと胸を高鳴らせた。
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