ポッケの暴力

 今日も今日とてポアロで働いているが、写真を撮られている気配がして居心地が悪い。1人で抱え込むのもそろそろ我慢の限界で、そろそろ零さんにそれとなく相談してみようと決意した矢先だった。
「おい、お前ら、恥かしくないのかよ。それ、トーサツってやつだろ」
 わずかに聞こえるシャッター音に内心眉を顰め、最近は無音カメラなんてものもあるらしいので怖いものだと怯えていると、不意に威勢の良い声が聞こえた。振り返れば、年頃は高校を出たばかりくらいの青年がテーブル席に座っている3人組に向き合っていた。カウンターの内側からそっと様子をうかがう。
「い、言いがかりはやめてくれよ」
「言いがかりだァ? じゃ、そのケータイちょっと見せてもらって良いか」
 青年が3人組の1人の方に手を伸ばした。少々強引に携帯を取ると、何やら操作をする。男たちはやめろと騒ぐが、ひと睨みした青年の迫力に圧されたのか怯えて静かになった。複数でコソコソと盗撮するくらいであるから、その程度だったのだろう。しばらくすると携帯を返し、今度は自分の物を取り出すとその画面を男たちに見せた。
「よく撮れてるだろ、お前らがトーサツしてるとこ」
 青年は冷たい声で男たちを見下ろしている。
「使ったのはさっきの携帯だけだろ。複数でやると目立つもんな。ま、データも消したし今回は見逃してやるからさ。これはお前らが再犯したときの保険だよ」
 そこまで言って青年は私を振り返った。手招きをされたので、素直に彼の方へ向かう。
「こいつら、おねーさんのことトーサツしてたんだよ。ムカつくと思うけどさ、証拠写真も撮ったし、もうしないと思うから今回は許してやってよ」
 青年は爽やかに笑った。状況についていくのがやっとだったが、なんとかコクリと頷いてみせる。男たちは顔を青ざめさせ、すみませんでしたと店を出ていった。
「あの、ありがとうございます」
 青年に向き直り、頭を下げると頭上から慌てた声が聞こえた。
「たいしたことしてないから、頭あげてよ」
 ゆっくりと顔を上げる。青年が困ったように笑っていた。しかし、私にとっては“たいしたこと”なのだ。何もしないままでは気が済まない。何かお礼をしなければと、私の支払いで好きなものを頼んでくれと提案しても気にしないでと遠慮されてしまった。
「さっきの奴らと一緒でさ、実は俺もxxxxが好きなんだ。お礼だったら、俺と一緒に写真とってよ」
 お礼を断られ落ち込んでいると、青年がはにかんだ。そんなことなら喜んでと隣に並ぶ。何枚かシャッターを切ると、青年は「じゃあまたね」と支払いをして出ていった。


 それから青年はよくポアロに顔を出すようになった。忙しくない時にはカウンターで仕事をしながら長話もする仲だ。今日はまだ顔を見ていないが、もうすぐ来る頃だろうか。
「xxさん。客足も落ち着いたので、少し休憩してきてはどうですか」
 零さんーーではなく、安室さんが言った。週末ともなると忙しくなるのは飲食店の宿命で、安室さんや梓さんも週末はほとんど出勤する。ちらりとマスターの方を確認すれば「良いよ」とジェスチャーが返ってきた。ではお先に、とキッチンを通り奥に引っ込んだ。

「うそ、どうして」
 従業員用の更衣室に入ると、見知った青年がいた。私のロッカーが開かれている。物色していたらしい。青年は私に気が付くと、分かりやすく狼狽えた。確かに更衣室にはキッチンから繋がる入口の他、直接外へ繋がっている裏口があるのでここへ来るのは不可能ではない。しかし、どうして私の持ち物を漁っているのか。
「なに、していたんですか」
「あー……えっと、おねーさん、これは、その」
 青年は目を泳がせる。お互いに動揺し、どうすれば良いかわからないでいると不意に肩を抱き寄せられた。逞しい褐色の腕は安室さんのもので、それがわかると何だか少し落ち着いた。
「僕も休憩を貰ったのですが、一体この状況は」
 青年の存在は安室さんも知っているはずだ。盗撮犯を撃退してくれたのだと紹介したことがある。青年を一瞥し、室内を見渡してから「なるほど」と呟いた。私の肩を離してツカツカと青年に歩み寄る。いとも簡単に青年の腕を捻り上げると、ロッカーの扉で隠れていた彼の手元が見えるようになった。その手に握られていたものがポトリと落ちる。私のヘアゴムだ。え、と声が漏れた。
 最近、ヘアピンや携帯用リップクリームなどの小物をよく失くすなとは思っていた。しかし小さなものだし、消耗品も同然なので私の不注意だろうと気にも留めていなかった。まさか、と嫌な予感が頭を過る。
「盗むつもりだったみたいですね。どうやら、初犯でもないようだ」
「ちがっ、お前が――」
 青年が何かを言う前に安室さんが青年を裏口から叩き出す。あまりのショックに、私は呆然とそれを見届けることしかできなかった。
 しばらくすると安室さんが戻ってきた。過去にも盗まれていたようだが気が付かなかったのかと聞かれたので、たった今思い当たりましたと返せばため息をつかれた。
「まったく、危機管理能力が足りませんね。彼のことは僕がなんとかしておきますし、盗まれた物もこちらで処分しますから、あなたはもっと警戒することを覚えてください」
 すみません、と頭を下げる。あの青年、良い人だと思っていたのに。人間不信になりそうだ。そう小さく独り言を呟けば聞こえていたようで、安室さんが苦笑しながら大きな手を私の頭に乗せた。
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