真実のトーチ

 無事に恋人同士になったとはいえ、担当医と患者という立場は変わらない。都合の良いことに、xxとの関係は周囲に認められていることになっているが、あまり良い顔をしない輩も当然いるらしい。その筆頭である先輩医師に嫌味を言われたが、レイも零もそんなことで落ち込む性格ではなかった。
 ガラリとxxの病室の扉を開ければ、それに合わせてコントローラーが振動した。おはようございます、という文章が俺の台詞として流れる。俺に気付いたxxが、読んでいた本から顔を上げた。少し表情が曇っているようだ。
 どうかしたのかい、とレイの言葉を読む。頭の位置を動かしてxxを覗き込むようにすれば、彼女が小さく息を飲むのが見えた。こんなにも鮮明なのに、どうして触れられないのだろう。コントローラーを動かし、代わりにレイの手をxxのそれに重ねた。
「レイ先生の手、温かいですね」
 驚いた様子を見せながらもきちんと反応をしてくれるxxに目を細める。俺の手は温かいらしい。xxの体温も感じられれば良かったのに。
「私、レイ先生の迷惑になっていませんか」
 触れた手をそのままに、xxが不安な様子で言った。画面が少し色褪せ、xxが先輩医師の嫌味を偶然聞いてしまったらしいという描写が入る。「迷惑なわけがないだろう」と画面に詰め寄り強く声をあげた。例のごとく届かないと思っていたが、レイの方も同じような台詞を言う。そのまま抱きしめれば、xxの安堵したような笑い声が耳元で聞こえてゾクゾクした。立体音響ありがとう。

 体調も悪くないようだし、少し外出するのはどうかとxxに提案した。デートしようか、と文章が表示される。xxは頬を染めて喜んだ。それじゃあどこか行きたい場所があるかと尋ねる。
「レイ先生と、夜景が見たいです。百万ドルくらいの」
 予想の斜め上をいく回答に、目を瞬かせた。ゲーム内時間はまだ午前中なので、夜景イベントをこなすなら時間をスキップするべきか。xxと夜景を見に行くか、別の場所を提案するかの選択肢が目の前に浮かび上がった。別の場所はまた後日回収すれば良いか、と前者を選ぶ。
「わあ、言ってみるものですね。じゃあ、今日の夜8時に夕食が終わったら来てくださいね。待っていますから」
 xxは蕾がほころぶような柔らかい表情で嬉しそうに言った。それを直視して変な声が漏れる。この奇声に関しては、画面越しで良かったと苦笑した。


 早送り機能を駆使しなければ約束の時間にプレイできない。明日はバーボンとしての仕事が詰まっているので、今日のうちにxxをしっかり充電しておかなければ。夜8時まで待機、を選択して時間を進めた。
 約束通りxxを迎えに部屋へ赴く。待っていましたとばかりにxxがこちらへ駆け寄ってきた。いきなり走ると危ないぞ、と彼女を受け止めて注意する。上目遣いに謝るxxがあまりに可愛いので、スクリーンショットを保存した。
 早く行きましょうと急かすxxに手を引かれて外へ出る。残念ながら柔らかい感触はしないが、視界だけは本当に彼女と手を繋いでいるようだった。
 移動の場面はカットされ、一瞬暗転した画面が再び色を取り戻すと現実に勝るとも劣らない夜景が映し出される。目を輝かせてそれに魅入るxxに、俺が“百万ドルの夜景”について解説を入れていた。この視界に映る灯りの電力消費量を考えると、なんて台詞を読んだところでxxが拗ねた声を出した。
「もうちょっとロマンチックになりませんか」
 そんな無茶な、とレイの独白文が表示される。口説くのは苦手なんだ、という台詞とともに接近モードへ突入した。コントローラーを動かし、xxへ触れてその反応を楽しむ。頭を撫でたり、脇腹をつついたり、抱き寄せてキスをしたりと一通り堪能すると夜景イベントは終了した。
 今日はここまで、とセーブをして電源を切る。本当に俺がxxと夜景を見られたとしたら、何と言うだろうか。いつxxが液晶を越えてきても良いように、彼女のためのとびきり甘い言葉を考えながら眠りについた。
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