エメラルド

 筆記用具を鞄に仕舞って席を立つ。さて帰ろうかと鞄を手に取ったところでクラスメイトに声をかけられた。何度か話したことのある子だが、一体何の用事だろうかと聞けば上級生がボクを呼んでいるらしい。上級生。その単語に耳がピクリと反応して僅かな期待が沸き上がった。
 教えてくれてありがとうというお礼もそこそこに、弾む胸を必死で抑え込みながら教室の出入口へと目を向ける。探すまでもなく、彼女はそこにいた。
 ボクが近寄ると、xx先輩はにぱりと表情を明るくしてボクの名前を呼んだ。
「何かあったのか?」
 xx先輩が会いに来てくれた嬉しさで頬がだらしなく緩む。壁に半分体を預けて、無機物に温度を分けた。
「あのねあのね、真純ちゃんに渡したいものがあるの」
 彼女はいそいそと手に持っていた可愛らしい小包をボクの前にずいと差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
 突然の贈り物に戸惑いながらもしっかりと受け取る。カサリ。紙でできた小包はボクの手の中で音をたてた。手のひらサイズのそれは軽い。何が入っているのだろうと思案していれば、xx先輩がクスリと笑った。いつのまにか矯めて見ていたらしい。
「この間の連休にね、旅行に行ったから。そのおみやげ」
 誰と行ったの。反射的にそう訊き返しそうになって、ぐっと唇を噛んだ。ダメだな、それを聞いてどうなるっていうんだ。xx先輩が誰と旅行をしていても構わないじゃないか。こうしてボクにお土産を買って来てくれているのだから。xx先輩の中にボクが少しでも存在している証拠だ。それでいいはずなのに。
「ね、開けてみて」
 xx先輩がねだった。わくわくとした様子でボクを見ている。いつもの綺麗な眼球が丁度西日の差した具合でますます煌めいていた。
 言われるがまま、乱暴にしないようにと気を付けながら開封する。中から出てきたのはブレスレットだった。鈍色の細いチェーンに緑色の石がチャームとして絡まっている。
「こ、れ」
 ちらりとxx先輩の手首に目を遣った。けれど、制服の袖で隠れていて見えない。もう一度ブレスレットに視線を戻す。さっきまで軽いと感じていたそれはいっそう質量を感じなくなって、触れていなければどこかへ飛んで行ってしまうのではとさえ思えた。なんて、緊張がそう思わせているだけだ。
「あ、よく覚えてたね。私のと似てるでしょ? お揃いみたいで良いなって思ったの」
 ボクの視線に気が付いたのか、xx先輩が袖をまくった。細く白い手首に、いつかの銀と桃色が掛かっていた。
「それにね」
 xx先輩はボクの手元から、自分の贈ったブレスレットを摘まんだ。それからゆっくりとボクの顔の位置まで引き上げる。キラキラと光りが反射して、少しだけ眩しい。
「この色、真純ちゃんの瞳みたいで綺麗だなって」
 ふふ、とxx先輩は上品に笑った。惚けるボクにそっとブレスレットを返す。
「ありがと。へへ、すっごく嬉しい。大切にするから」
 一所懸命に言葉を探したけれど、月並みなものしか出てこなかった。上手く回らない舌ときゅっと閉まる喉でつっかえそうになる。ブレスレットの乗った手のひらを控えめに胸元で握った。

- 8 -
*前次#


back to top