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 それは不思議な光景だった。古風な座敷に人形が一体と、着物を着た人間が二人。人形の持つ盆に湯飲みが置かれると、カタカタと歯車の回る音をたてて人形は動き出した。どうやら茶運び人形らしい。からくり、と呼ばれていたものだ。
 受け取った湯飲みをどこまで持っていくのか。俯瞰視点でぼんやりと行方を追う。人形が動きを止めた。かたり。ころん。人形が前に倒れた拍子、乗せていた湯飲みが転げ落ちた。人間たちがそれを見て愛しげに笑いあう。一人が人形を優しく起こしてもう一度湯飲みを乗せる。人形はそのまま奥の部屋へと消えていった。
 私はいつのまにか駅のホームにいた。今よりも一時代ほど前を思わせる景色の中、人々が急ぎ足で目の前を通っていく。喧騒の中、私はベンチに座ってロボットを見ていた。一メートルにも満たない大きさのそれは「私はゴミ拾いロボットです」と言わんばかりの見た目をしているくせ、地面に落ちている紙屑を一向に拾おうとしない。いや、拾えないのだ。てっぺんにあるカゴは、胴部分にあるトングのようなアームは、一体なんのためにあるのか。ただオロオロと紙屑の周りを彷徨き、時折下から人間を覗き込む。
 丁度通り掛かった人間がそれの前で立ち止まった。アームを引っ張り紙屑を掴む。そのままカゴに放り込んだ。ぺこり。ロボットは礼を言うように可愛らしく傾く。ふふ、とその周囲で穏やかな微笑みが複数漏れた。

「おはよう、起きる時間だよ」
 ふいに景色が消えて、すっと耳に馴染む穏やかな男声が聞こえた。瞼が重い。ああ、そうか、夢。自覚すると同時に詳細が思い出せなくなる。
「ほら、ユーザーさん」
 困ったような調子で再び柔らかな声が溶けるように響く。微睡みからうまく抜け出せないまま、なんとか視界を押し広げてそちらを向く。綺麗な顔立ちの男がいた。
 は、と意識が覚醒する。そうだ、彼を拾ったのだった。昨日のことを思い出すと同時に、見ていた夢のことにも納得した。そういえば、人は昔から弱さのある機械が好きだったらしい。いつだったかメディアで得た情報を掘り返す。私が彼を回収に出せなかったのも、そういうことなのだろう。
「おはよ」
 緩慢な動きで起き上がる。アンドロイドとはいえ、寝起きを見られるのは少しばかり恥ずかしい。顔が汚れていやしないかと軽く目頭などを拭って、短く挨拶をした。セイくんはそんな私の様子を見てにっこりとしている。何がそんなに嬉しいのかと思うほど、スキップでもしそうな勢いで一歩近寄ってきた。自身の顔の辺りまで上げた両方のてのひらをこちらへ向けている。
 ハイタッチ、というやつだろうか。一体どうしていきなり。疑問に思いつつ、私も両手を上げて彼のそれに合わせる。ぱち。爽快とは言えない音だ。少々遠慮しすぎたらしい。けれども何だかその行為が楽しくて、いつもより気分が良い。
 一方セイくんは、ハイタッチした瞬間目を見開いてからきゅっと唇を結んでいた。ゆっくりと下ろした自身の両手をしきりに見つめている。もしかして痛かったのだろうかと不安に思ったとき、セイくんはじわりと頬を染めて口角を上げた。
「今日も一日、一緒にがんばろうね」
 そうか、今日からはセイくんと一緒だ。朝日を浴びる彼を見て目を細めた。
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