旅立ちの前夜
「あの、クラトスさん」
レイラは歩きながら、クラトスに声をかけた。
「……何だ」
「私たち、どこかで会ったことがあるのでしょうか?」
「何故そう思う」
「……上手く言えないんですけど……初めて会った気がしない……よく知ってる人……そんな感じがするんです」
「…………」
ずっと感じていた懐かしさを伝えると、そのままクラトスは黙ってしまう。
2人の間に一瞬沈黙が流れるも、すぐにクラトスがそれを破る。
「……気のせいだろう」
「そう、ですよね。すみません。変なこと聞いてしまって」
レイラは少し残念に思った。折角記憶の手がかりを見つけたと思ったのに外れだったなんて。
それきり、2人の間に会話はなかった。
「何か、言い争ってる?」
ロイドの家の前まで来ると、激昂している様子の声が聞こえてくる。
要の紋がどうとか、エクスフィアがどうのと聞こえてくる。内容からしてただごとではない。
「殴ることねえだろ!」
そんな声が響いた後、ロイドがドアを開けて家から出てくる。そこにいたレイラ達にロイドは虚を突かれた様子だ。
「もしかして今の、聞いてたか?」
「ごめん、ボクのせいで……」
合流した時から塞ぎ込んでいたように見えたジーニアスだったが、どうやらロイドと何かあったらしいことは見て取れた。
「レイラ、倒れたって聞いたけど、元気になったのか?」
「うん。心配かけたらしいね。ごめんね」
「謝ることねえよ。元気そうだしよかった」
見ての通りピンピンしてる、と言うようにレイラが薄く笑みを浮べればロイドも顔を緩ませた。
「ロイド、折角だからコレットと2人で話していらっしゃいな。私達はこのあたりにいますから」
リフィルの提案にロイドは頷き、コレットと共に家のベランダまで上がっていった。
「ノイシュ」
家の傍に造られた小屋の中にいるノイシュに声をかけた。
「ごめんね、今日は放って行っちゃって」
よしよし、と頭を撫でる、が。
「クゥーン」
「どうしたの? 外に出たいの?」
どうしてかノイシュはそわそわして、小屋から出たがっている様子である。
「キューン」
「うん、でも夜だからダメ」
もう一度宥めるようにとんとんと軽く頭を叩いて、ノイシュの側から立ち去った。
「この墓は、誰のものだ?」
レイラは所在無く家の周囲をのんびり歩き回っていると、家の傍らにひっそりと立つ墓の前で佇むクラトスに問われた。
「ロイドのお母さんのもの、だそうです。崖から落ちて事故で亡くなられたって聞いてます」
「……アンナ、か」
ロイドの母の名をクラトスが口にする。その響きにもどこか懐かしさを感じた。
レイラは墓の前に跪き、そっと目を閉じた。
「……お前は」
「……?」
「記憶を取り戻したいと思っているのか?」
「…………」
クラトスの問いにレイラは戸惑う。そしてしばらくの思案の後、口を開く。
「正直な所、分からないんです。
自分が何者なのか、どこから来たのか、どうして剣や魔術を扱えるのか、家族や友達はいるのか――知りたいことはたくさんあります。
でも、怖くなるんです。思い出した時、私はどうなるのか」
レイラはふぅ、と息を吐く。
「皆と一緒にいられなくなるかもしれない。もしそうなるなら、記憶なんて取り戻さなくていいって、思ってたんです。でも……今日、クラトスさんと出会った時、何か大切なことを思い出さなきゃって、強く思って、それで……」
「それで、先程の問いか」
「はい。すみません……変なこと聞いてしまって」
「気にしてはいない」
そうしてからリフィルが2人を呼ぶ声が聞こえてくる。
「そろそろ戻るようだな」
クラトスは踵を返し墓から去っていった。レイラも立ち上がり後を追う。
ベランダからロイドが見送っているのが見えて、レイラも手を振った。