命を懸けてでも
「正直、もうダメだなと思ったんだけどな」
その日はその場で野営することになった。
レイラは皆から少し離れた所で、ぼんやりと佇んでいた。背後から話しかけられた声は振り返らなくても誰なのか、何のために話しかけたのかすぐ分かる。そのために、こんな時間に離れた場所に来たのだから。
「……何で、話さなかった?」
レイラの知る限りのことはなるべく皆に話した。けどそんな中で伏せていたこともある。
「こんな所に密偵がいるなんて、そんなことはさっさと話した方がいいに決まってる。今となっちゃ、お前にデメリットも何もなくなったわけだしな」
ゼロスからしたら、レイラが黙っている理由が分からないのだろう。
みんなを守りたいと思うなら、危機の原因となりうるゼロスのことは話すべきだ。そんなことは分かりきっている。けれど、
「……あなたのこと、まだちゃんと分かったわけじゃないけど……」
「…………」
「あなたのいる場所から逃げ出したくなるのも当たり前のことなのかもしれない。その原因を作り出したクルシスにだって縋るほど」
幼い頃から何もしてないのに神子だからと権力を持つ者たちにその地位を疎んじられ邪魔者扱いされてきて。そこに、神子からの解放を持ちかけられたら、誰だって喜んで飛び付くだろう。
「そんなあなたが、哀れだと思った……」
そう思ってしまえば、とてもレイラの口から彼が何をしているか話せなかった。彼のこれからを断つような真似、できる筈がない。
「…………」
「……これを」
未だ懐疑的な視線を寄越すゼロスにレイラは懐から短剣を取り出し、差し出す。
「……私が信じられないなら、今ここで、あるいは、私があなたのことを話すようなら、その時には……」
「これでお前を殺せばいい、ってか?」
レイラはゆっくり頷く。
ゼロスはおかしいように一瞬笑ってから、短剣を受け取る。
「いいだろうよ。担保がお前の秘密から、命に代わったってだけだ。今はそれで満足しといてやる」
手を振り、ゼロスは皆の元へ戻っていった。レイラはまたぼんやりと考える。
ただ口を閉ざすだけでなく、ゼロスのことも神子という重圧から助けたい。彼もまた、クルシスによる歪みの被害者なのだから。コレットのように、彼にも自由に生きる権利があるのに、それを奪われただけだから。彼女がよくて彼がよくないなんてことは絶対にない。
そのためなら、命を懸けるのも構わない。否、
命を懸けてでも、絶対に助けたい。