憎めない相手

オゼットに着く頃には、ケイトも平静さを取り戻していた。

「助けてくれてありがとう。私はプレセアを実験に使っていたのに……」
「あんたが俺たちを見逃してくれたから俺たちはここにいる。そのせいで処刑されそうになったんだから、助けて当たり前だよ」

当たり前のことだ。けれど未だケイトは抵抗を見せている。

「私の正体を知っても?」
「正体?」

助けてもらうことに抵抗を見せたその原因は、どうやらその正体とやらのせいらしい。

「私の母はエルフだった。父は人間で、今……マーテル教会の教皇の地位にいるわ」
「じゃあアンタのお父さんってのはあの教皇……なのか?」

困惑するしいなをよそに、ゼロスが呟く。

「……お母さん似でよかったな」
「……そ、そんなこと言ってる場合!? ひどすぎるじゃないか! 自分の娘を……処刑するなんて!」
「しかしなぁ、ハーフエルフが罪を犯した場合、例外なく処刑と決めたのは教皇自身なんだぜ」

その事実を聞いてジーニアスが憤慨する。

「何だよそれ! 自分の娘がハーフエルフなのにどうしてそんなことを決めるんだよ!」
「おいおい、俺に噛み付くな」
「ボク、絶対に教皇を許さない」

ケイトが慌ててジーニアスを止めようとする。

「ま、待って。……父に酷いことはしないで」
「どうして! あなたはひどいことをされてるのに!」
「だって。それでも父親だもの……。父が私に、エクスフィアをクルシスの輝石へ帰る実験をしろと命令した時、正直言って嬉しかった。やっと、私のことを必要としてくれたって……」

そのことを聞いて、ジーニアスは更に興奮して喚く。親を知らず育ったために、親を憎めない気持ちが分からないから。

「……! 分かんない! ボクには分かんないよ!」
「ジーニアス、少し落ち着いて」
「だって!」

そこを遮ったのはコレットだった。

「……私、少し分かる」

皆の視線がコレットに集まる。

「レミエルが私のお父さんかも知れないって思ったとき、あれが死ぬための旅だったのに、それでもお父さんがやっと会いに来てくれたと思ったらうれしかったから」
「……それが、親なんだと思う。どうあっても、憎むことができない人……。目の前で、憎んでもおかしくないことをあの人はしたのに……私、あの人を憎んでいない……そういう、ものなんだろうね……」

親というものは、どうしてこうも複雑になってしまうのだろう。これが他人であれば激しく憎んでいたであろうことも、親になった途端憎むことができなくなる。

「……私1人で考えてみます。父のことや私のことやハーフエルフのこと……。本当に助けてくれてありがとう。それから……プレセア」
「はい」
「……ごめんなさい」

それだけ告げて、ケイトはその場から去って行った。

「……何だか悲しいね。どうしてこんな風になっちゃうのかな」
「2つの勢力は、必ず対立する。シルヴァラントとテセアラ、エルフと人間、天と地」
「そして狭間の者は犠牲になるわ。ハーフエルフも大いなる実りも神子も」

対立、犠牲。当たり前のことだけれど、ロイドはそれに首を横に振った。

「そんなの駄目だ。誰かが犠牲になればいいなんて」
「でもな。人が2人いれば必ずどちらかが犠牲になるんだぜ。優劣がつく。それは国も世界も同じだ。平等なんて……幻想だ」
「生まれ、立場、外見、種族……そんなものに振り回されるんだな」
「……こればっかりは、どんなに駄目だと思っていても、どうしようもないのかな」

決して誰も、それを是としていないのに、犠牲が生まれることにもどかしさを感じる。

「でも……心はみんな同じだろ。誰だって自分を否定されれば傷付くに決まってる。それなのに、そのことを忘れてるんだ」
「心は……同じ……」

生きている上で、どの種族も、どの国どの世界も、皆の思うことは大きく変わりない。良くも、悪くも。

「そうだよね。みんながみんなを思いやって生きていければいいのにね」
「少しずつ……人は変われます」
「……そう信じて、できることからやっていくしかないよな」

今すぐには無理でも、いつかは、誰もが他者を思いやれる世界を。
今できることは、精霊の楔を解放すること。今は、それだけ。

研究所に戻ってケイトをオゼットへ送ったことを告げれば、研究員は安堵していた。
ケイトの脱走が騒ぎになり、教皇の面子は丸つぶれだとも教えてもらった。
無事ブルーキャンドルを貰い、これで神殿に行けるようになった。次なる目標はシャドウ。

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