残されるものたち
最後の精霊と契約する前に、少し問題があった。
世界が切り離された後、世界を行き来できなくなる可能性がある。
最後に契約するのはルナとアスカだから、その時はシルヴァラントにいることになる。
そうなると、テセアラに何かしら残している人は多い。何も片付けずに、全てを終わらせるわけにはいかないだろう。
皆で、テセアラの各地を巡ることとなった。どちらに残るか、結論を出すため。
アルテスタの家へ向かうと、ミトスがぱっと顔を輝かせて迎えてくれた。
「お帰り! ジーニアス! リフィルさん! みんな!」
「こんなところで何してるの?」
中に居らずにタバサと共に外で空を見上げているミトスに、首を傾げると、
「ミトスサんに雲の種類を習っていまシた」
「雲の形でね、天気とか天災とか分かるんだよ」
雨が降る前は空が灰色の雲で覆われている、程度ならレイラも、誰もが知っているが、もっと詳しいところまで分かるらしいミトスに嘆息する。
「すごい! ミトスってすごいよ!」
「そんなこと……。こんなことぐらい、ジーニアスだって知ってるでしょう?」
「ボクは学校に行ってたから。ミトスは独学でしょ? やっぱりすごいよ」
学校で学んでいないのに博識なミトスに対して、ジーニアスはただただ感心するばかりだ。
「照れちゃうからやめてよ。今日はどうしたの? 一休みしに来たの?」
「あ……」
そこで、本題を思い出す。ここに来た本当の理由を。
「いや……実は……」
言葉を詰まらせるジーニアスに代わって、ロイドが言い難そうながらもわけを話す。
ミトスは聡い。だから、事情もすんなり理解した。
「じゃあ……ボク、もうジーニアスやみんなと会えなくなっちゃうの?」
理解することと、飲み込むことは別だ。ミトスは俯く。
「いや、まだ分からない。その可能性もあるから、今みんなどっちに残るか決めてるんだ」
確定してはいないが、その可能性はある。ミトスはその事実を激しく拒む。
「……嫌だよ! 折角……会えたのに! 世界を繋いだままにしておけないの?」
「そうしたら、シルヴァラントとテセアラはお互いを傷つけ合うことになるんだよ」
「……そう……だよね。……ごめん。我侭言って」
ミトスも、それは分かっているのだ。気落ちしたように、家の中に入っていってしまう。
「待ってよ!」
ジーニアスが、それを追って飛び込む。
入れ替わるように、アルテスタが出てきた。
「どうしたんじゃ。ミトスが真っ青な顔で飛び込んできたぞ」
「多分、ジーニアスに会えなくなるかもしれないからだと思う」
「ロイドサんたちは、シルヴァラントとテセアラを切り離スのだソうでス」
タバサからの説明で、事のあらましを把握したようだ。
「……そうか。それで2つの世界の行き来が難しくなると考えたのじゃな?」
「違うのか?」
「いや、それは恐らく正しい。2つの世界は、お互いに二度と接触することのない世界になるじゃろう」
コレットが、惜しむように零す。
「おとぎ話と同じですね。月に住むテセアラの人とは会えない……」
「月に移住したのはシルヴァラントの人間だろ?」
「あっちじゃ月はテセアラなんだよ。こっちの月がシルヴァラントって呼ばれてるみたいにさ」
それぞれにとっての月。見えているのに、知っているのに届かない。
話をつけてきたのか、ジーニアスが中から出てくる。ミトスはいない。
「ミトス、寂しそうだった……。ボク……」
友だちを、一人にはできないのだろう。
「ジーニアス。お前、こっちに残るって言うんじゃないだろうな」
「……分かんない。ごめん。ボクも気持ちが揺れてきちゃった……」
「……そうか……」
ロイドのこともミトスのことも、同じ大事な友だちで、どちらかに会えなくなるのでは迷ってしまうのも無理はない。
どちらを取っても、誰かを見捨ててしまう結果になる。どちらも苦しまないようにとしている行為が身近なものを捨ててしまうのは、皮肉だ。
サイバックで、リフィルは資料館に向かうことを提案した。入るや否や、陳列された資料の数々を見渡していく。
「この国の研究施設は素晴らしいわね」
こうして一般公開されている資料だけでも膨大で、保存状態も良い。資料があまり重視されず、状態が悪いものも多いシルヴァラントとは大違いだ。
「そうみたいだな」
あまりその重大さを理解していないロイドに、リフィルは苦笑を漏らす。
「ふふ……。興味なさそうね」
「……う、うん……まあ……」
「テセアラとシルヴァラントが切り離されたら、私はテセアラ史研究に着手することはできなくなるのね。私は……自分の過去を失うことになる……」
ずっと追い求めていた過去の手がかり。その一片こそ見つけられたが、全体像は分からなくなってしまう。リフィルは気落ちしてしまっている様子。
「先生……」
「……ごめんなさい。私より、ここで育った他の皆の方が苦しい気持ちの筈ね。さあ、次の街へ行きましょうか」
過去を求めたくなる気持ちはレイラにも分かる。割り切っているつもりでも、ふとしたきっかけで気になってしまう。それが永遠に分からなくなると思うと、1000年の長い生では想像以上の不安となってしまうかもしれない。
しいなは里で報告を。ミズホにとっては、重要なことだ。
「話は聞かせてもらいましたぞ。すぐにでも世界を切り離そうという状態だとか」
「ミズホの民は、シルヴァラントへ移住を希望しているんだよな」
「国王から睨まれた以上、我らにテセアラで生きる道はない。この里にしがみつく意味はないのです。しかし……」
タイガは難しそうな顔で唸る。
「ん? 何か問題でもあるのか?」
「早すぎますな。我らはここに残らざるを得ないでしょう……」
「え!?」
思わぬ返答に、ロイドが驚く。
「みんな任務に就いちまってるんだ。レネゲードに潜入してる連中、メルトキオにいる連中、それに一部はレネゲードを通じてシルヴァラントにいる」
それら全てを呼び戻して移住するのは時間がかかりすぎてしまう。
「我々は、現在シルヴァラントにいる者を、しいなに任せることにしました」
「しいなに任せるって、しいなはシルヴァラントに残るってことか」
「当たり前だろ。あたしがいなきゃ、精霊とは契約できない。あたしは……テセアラを離れるしかないのさ」
しいなは、選択の余地がなかった。彼女だって、未練はあるだろうに。
「……いいのか?」
「仕方ないよ……。そうでないと、あんたたちも世界も困るんだからサ」
「ミズホはいずれここを去り、テセアラの別の土地へ移住します。国王の目の届かぬところに……」
当初の目的とは大きく変わってしまう形になることにロイドが肩を落としてしまう。
「……すまない。俺、ミズホのみんなと約束したのに……」
「いや、一部はシルヴァラントへ移住するのだ。約束は反故にはされていない」
「気にするんじゃないよ、ロイド。あたしがシルヴァラントで、頭領の起こしたイガグリ流の忍び術を伝えていけば、それでミズホの移住は成功したことになるんだからさ」
その柔軟さで、ミズホの民は皆を送り出すことを決めた。
「さあ、我らのことはいい。世界を一刻も早く切り離されよ」
「その為には、みんながどっちに残るのか、だよ。他の街へも行ってみよう」
未練がない筈はないのに、互いに割り切れてしまっている。離れ難い者と違い、しいなはどうしても残れない。少し、申し訳ない気持ちが湧き上がってきた。