世界への未練

メルトキオの街を見て回ることを提案したゼロスは、どういうわけか家のある上流層ではなく、貧民街に足を向けた。

「どうよ、テセアラの印象は」
「すごいな。何でもかんでも発達してるって感じでさ」
「その分、金持ちと貧乏人の差も激しい」

上はシルヴァラントでは想像もつかない豪奢な生活をしている反面、下はシルヴァラント以上に貧しい。ある程度の差はあれど、皆等しく貧しいシルヴァラントとは反対だ。

「そうだな……」
「俺さまが生まれた時から神子だったみたいに、みんな生まれた時から身分が決まってる。息苦しくって仕方ねぇ……」

辟易した様子のゼロスに、ロイドが不思議そうに訊ねる。

「ゼロスはテセアラが嫌いなのか」
「……いや。多分、嫌いじゃねぇな。駄目なところもひっくるめてよ」

好きか嫌いなんて、そんな単純なものでは測れない気持ちがきっと、ゼロスにはあるのだろう。

「あーゼロスだ」

貧民街の子供が、ゼロスを見て指を指した。

「なんだクソガキ」
「ゼロスを捕まえると賞金が出るんだろ」
「お、捕まえられるか?」
「捕まえねーよ! 見逃してやるから、何かくれ」

全く物怖じしない様子でたかろうとするが、ゼロスは気にも留めない。

「人にたかると、ろくな大人にならねーぞ」
「ちぇっ、けち! 捕まるなよ、ゼロス!」

そう言って、子供は貧民街の中に戻っていった。

「仲がいいんだな」
「……さあ、どうかな。それより次の街へ行こうぜ。メルトキオは……もう充分だ」

身分で息苦しい思いをしてるから、貧しい人を蔑まないようにしている。それだけのように、レイラには見えたし、ゼロス自身もきっとそのつもりだろう。子供の方は、ゼロスの気持ちを汲んで媚びたりしないのか、あるいはただ礼儀を知らないだけか、もしかしたら両方かもしれない。身分は決まっていても、そこからどう生きるかは、きっと自由だ。


プレセアが求めたのは墓参りだった。

「私には、もう何も残されていません。でも、私がこの土地を離れてしまったら、パパのお墓を見守ってくれる人がいなくなってしまう……」

家族も、村も、何もかも失ってしまったプレセア。それでも、父親の墓を放置してしまうのは忍びないのだろおう。

「プレセア……」
「おかしいです。物理的には何も拘束されていないのに、心はここに縛られています」

何もないのに、ここにいた思い出が、きっと未練を生み出してしまうのだろう。

「プレセア、誰だって、簡単には自分の住んでいた世界を捨てることはできないよ。俺がプレセアの立場でも、すごく悩むと思う」
「プレセアがテセアラに残りたいなら……最後の精霊と契約する前に、ボクたちと離れた方がいい。……ボクは、そんなのいやだけど。でも、プレセアがそう願うなら……」

未練を残すプレセアを誰も責めない。テセアラに残るのも選択肢のひとつ。何を選んでもいいと、ロイドとジーニアスは気遣う。

「考えてみます。ありがとう。次の街へ向かってください。私なら大丈夫ですから」

思い出が、未練があるプレセアが、レイラには羨ましい。ずっと育ってきたウィルガイアには何の思い出もなかった。かけがえのない思い出のあるイセリアですら、未練はなかったから。プレセアは何もないと言うけれど、帰る場所が、守るものが、ある。それが、羨ましい。


リーガルも、墓参りを望んだ。

「私にはレザレノカンパニーを守る義務がある。……しかし世界を切り離すことは、アリシアのような犠牲者を生み出さぬために必要なことだ。私には……どちらも投げ出すことはできない」

皆の中で、一番テセアラから離れられない理由を抱えてしまっている。だからと言って旅から離れてしまえば彼の決意が果たせない。

「リーガル。俺はリーガルが俺たちに協力してくれることも、ここに残って切り離された後のテセアラを導くことも、同じくらい意味があることだと思うよ」

ロイドはどちらでも構わない、どちらも大切なことだから、という姿勢を崩さない。

「アリシアとパパは私にどちらを望んでいるんでしょうか」
「2人はきっと、プレセアが一番だと思うことをしてくれればいいと思っているんじゃないかな」
「私が一番だと思うこと……」

誰かに、どちらがいいか答えを求めるのではなく、自ら決めたことを選ぶべきだと。

「リーガルもだぜ。リーガルにとって一番だと思う方を選ぶべきだよ」
「そうだな。考えてみよう」

等価値なもの同士での選択を迫られてしまっては、迷うのは仕方ないことだ。それは周りもよく理解しているから、明確に答えを示せないし、何を選んでも背中を押してくれる。


皆、すぐに結論を出せるわけではない。一晩、各々で考えることになった。

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