帰る場所
リフィルは、かつての家の前で佇んでいた。
「……先生。どうしたんだ、急に」
「……いえ、何でもないのよ。ただ……いいえ、やっぱりいいわ」
「ふーん」
その顔は、すっかり緊張の抜けて安堵した笑みになっている。
「それにしても、この村も案外捨てたものではなくてね」
「リフィル様なら村長に、もっときびしーこと、言うと思って期待してたんだけどなぁ」
「あら、豚に説教するバカがいて?」
「……こりゃ失敬……」
すっかり、いつもの調子を戻していた。
村の僻地にあったレイラの家は、ディザイアンの手が伸びなかったのか、旅立った時からそのままになっていた。
「…………」
当然、ここにまた来れるとは思わなくて、中には何も置いていない。
「……不思議。住んでいた時間はずっと短いのに……」
たった3年。何も残していないのに。長い時間を過ごし育ってきた、色々と物を残していたあの場所より、
「ここの方が、安心できる」
ここが自分の家なのだ。
「……ただいま」
どこにも、何も残していないと思っていた。でも、ここに、ちゃんと残ってた。それだけで、心が随分軽くなるようだった。
「ほらレイラ、そんな所で突っ立ってないで、ロイドたちのとこに行きなよ」
戸口でぼんやり家の中を眺めていたら、村の人に声をかけられた。
「え!?」
振り返ると、掃除道具を持った村人が立っている。
「この家は村のみんなで責任持って、いつ帰って来ても大丈夫なように整えておくから。元々こんな端っこの空き家だし、誰も住もうとする人もいないからね」
「そこまでしてもらわなくても……」
「いや、今まで冷たくしていたお詫びだよ。記憶がなくてあんたが一番心細かったろうに、みんな気味悪がって避けちゃってたから」
そう申し訳なさそうに肩を落とす村人からは、ほんの少し前までのピリピリとした空気はどこにもない。
「ありがとうございます……。記憶のこととかは、もう大丈夫なんです。それで……前にいた場所より、イセリアの方が好きです」
イセリアが、この村が、この人達が好きだ。素直に、そう思える。ここが帰る場所だと胸を張って言えることが、とても嬉しい。