ユミルの森
エルフの里を中に擁する森、ユミルの森。
滅多に人の踏み入れないことで保たれる景色に、ただ感嘆するばかりだった。
「美しいところだ……」
「本当ですね……」
清浄な空気。淀みひとつなく流れていく水。綺麗に生い茂る木々。他では見ることは叶わない景色だ。
今この時は、心休まる気持ちだ。
「これほど美しい物は、それを見る者の心を動かす。それが自然でも歌でも……心でも……」
「ふぅん……リーガル。詩人だねぇ」
リーガルの感想をゼロスが茶化す傍ら、プレセアが思い悩む。
「わたしは……私の心は動いたのでしょうか……」
「プレセア……」
「私は自分での意志で考えているのでしょうか? さっきの言葉は、私が本当に思った言葉なんでしょうか?」
心が動くとはどういうことか、具体的に言葉に表すことはできない。
心を無くしていた時間が長かったあまり、プレセアは自分の心がよく分からないでいる。さっきの言葉も、ただリーガルに同意したというだけで、プレセアが自発的に思ったことではないのかと悩んでいる。
「考えるということ、それ自体は本人にしか分からぬ。プレセア、お前は」
「ん〜? 綺麗っつてもま、水だろ? 美味いんだったらいいけどなぁ? 試しに飲んでみっか?」
ゼロスが水を掬って飲む。
「お! うめぇじゃん。プレセアちゃんも飲んでみろよ」
「はい。……あ、おいしいです」
「だろ? じゃ、それでいいんじゃねぇ?」
水を口にしたプレセアが、咄嗟に口に出した素直な言葉。
美味しいと感じてそれを言葉にした。それこそがプレセアに心あるという動かぬ証拠だと。
「……私の負けだな……」
言葉で諭そうとしたリーガルが、別の感覚に訴えて納得させたゼロスの手法に感心する。
「ゼロスって、たまにすごいですよね」
今のように、悩みに対して至極単純な解を提示したり。
「ふむ。何も考えてないと見せかけているが、実のところ……いや」
「?」
「あまり余計なことを話すのもよくないだろう。気にしないでほしい」
ああ、とレイラは合点がいく。
「やっぱり、上流階級って色々あるんですか?」
「神子については、顔を合わせることは少なくても、噂などはいくらでも耳にする。そして、その内容は単に何処かで遊び回っているなどといった表向きのものだけでなない……私の口からは言えぬことだが」
「やっぱり……」
根も葉もないものがほとんどだろう。だが、内容や真偽がどうあれ、そんな噂が立つ立場に置かれている。
「レイラ、何故神子のことをそれほど案じているのかは聞かないでおこう。だが、あまり気に病むのも、かえって逆効果かもしれぬぞ」
「き、気付いてましたか……」
「あれほど頻繁に神子を見ていればな」
特に隠していたというわけでもないが、面と向かって指摘されると、少し恥ずかしい。相手がリーガルだから、あまり踏み込んだことを聞かれないで済んだが。
「気に病みすぎはダメ……」
言われてみれば、あれこれ気にしすぎてはかえって負担になってしまうだろう。というより、既にそのせいで辟易されている。
リーガルの忠告が、身に染みた。