堕ちた勇者

マナリーフを手に、小屋へ戻ってくる。
語り部は驚くこともなく、むしろ納得している様子で待っていた。
曰く、非常に強い意志を感じたとのことだ。

「ところで……あなたはずっとここに住んでいるんですか?」
「そうだ。私はエルフの里の伝承を次代に受け継がせる者。ここでマナリーフの織物を作り、そこに様々な物語を編み込んでいるのだ」

それが、語り部と呼ばれる所以なのだろう。

「どんな……物語ですか」
「空から飛来したエルフの伝承や人の誕生。バラクラフ王朝の反映と衰退。天使の出現。大樹カーラーンとカーラーン大戦……そして、勇者ミトスの物語」
「おいおいおい。勇者ミトスの話ってのはヘイムダールじゃ厳禁なんだろ」
「ここはヘイムダールではない。私はヘイムダールの掟に縛られないようにここに住み、伝承を残している」

掟を守ることより、語り継ぐことを選んだということ。

「勇者ミトスって何者なんだ? 俺たちの旅には、いつもミトスの名前が付いて回るな」
「精霊の契約にもミトスの名前が出てきたね」
「コレットの病気の治療にもミトスの伝承が関わってた」

思えば、ずっと勇者ミトスが関わってきた。
その疑問に、語り部は勇者ミトスの物語を語る。

「ミトスは……ヘイムダールに生まれ、カーラーン大戦が始まると村を追放された哀れな異端者。村に帰るために3人の仲間と共にカーラーン大戦を終結させた」
「……異端者ってことは、まさかハーフエルフ……?」
「ミトスがハーフエルフだと? そんなバカな!」

今も歴史に残るミトスが、今も迫害され続けるハーフエルフだと、到底信じられる話ではない。だが語り部は肯定する。

「いかにも。ミトスはハーフエルフだった。ミトスの仲間もハーフエルフで、人間だったのはただ1人だけだ。彼らは異端視されながら、それを乗り越え戦いを終結させたのだ」
「……そんな彼らの名が、何故ヘイムダールでは禁忌なのだ」
「ハーフエルフだからだ」
「……それは、違う。オリジンに愛されし、勇者ミトス。それは堕ちた勇者の名前だからだ」
「堕ちた勇者? それはどういうことだ?」

伝承からはおよそ程遠い言葉。どういう意味なのか。

「オリジンを裏切り、オリジンから与えられた魔剣の力を利用して世界を2つに引き裂いたのは、他ならぬミトスとその仲間たち。
ミトス・ユグドラシルとその姉マーテル。そして彼らの仲間、ユアンとクラトス。4人の天使が世界を変質させた。故に、ヘイムダールでは禁忌なのだ」

その名前に、皆に驚愕が走る。
まさか、あの人たちが、レイラも言葉を失う。

「嘘……」
「クルシスのユグドラシルが……勇者ミトス? その仲間がマーテルにユアンにクラトス? そんなバカな!」
「クラトスさんは4000年前の勇者の仲間……なんですか?」
「エルフとて、そこまで長命ではなかろう」
「いいえ……天使化なら、そこまで生きることはできます……」

天使なら、確かに可能だ。それでも、信じられない。彼らが見た目より長い時間を生きていることは知っていた。だが、4000年。想像を遥かに超えた長さだ。

「その通り。天使とは、カーラーン大戦で開発された戦闘能力の1つだ。これは体内のマナを使い、一時的に体を無機化することで体内時計を停止させる。おかげで天使は年を取らない。エルフよりも長命となった訳だ……」
「種の寿命を超えて長く生きることは……あまりよくないと……私は思います」

あまりに、想像だにしなかった事実が押し寄せてきて、ロイドは混乱する。

「もう何が何だか……俺には訳が分からない」
「そうか? ……はっきりしたことがあるじゃねぇか。世界を2つに分けたのはオリジンの力が影響してるってな。魔剣……それがキーワードだ」
「その通りだわ。私たちは本質を見失わないようにしなければ。私たちの最終的な目的は2つの世界を救うことだった筈よ」
「そうさ。大樹カーラーンを発芽させることには失敗したけど、世界をあるべき姿に戻せば……」
「少なくとも、マナを搾取しあう関係だけは改善できよう」

目的への道筋が見えてきた。必要になるのは、あの魔剣。

「……そうだな。皆の言う通りだ」
『下手の考え、休むに似たり』

ジーニアスとゼロスが口を揃えてからかう。
とにかく、今後の行動の手がかりを得られたのは大きい。

「ありがとうございました。色々教えてくださって」
「……あなたたちに大樹カーラーンの加護がありますよう」

語り部に礼を告げて、皆は山を降りた。

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