望むものは
人目を避けるように、ゼロスは佇んでいた。
「……アイオニトスって俺さまが飲まされた変な石だよな。あれで契約の指輪を作る……か」
何かを呟いている。聞こえてきたのは、にわかには信じ難い内容だ。
「ゼロス?」
声を掛けると、驚いたようにレイラを見る。
「っと、レイラ? こんなとこで何してんの?」
「それはこっちの台詞だって。ゼロスがここに入るのを見たから……」
「俺さまの追っかけ? お熱いねえ」
「そ、そういうつもりじゃ……」
いつもなら無視するような揶揄に胸がどきっとする。さっきあんなこと考えたからか。
「それよりゼロスこそ何を? アイオニトスとか聞こえたけど……」
「いや、何でもないぜ?」
「…………」
深いため息が出てくる。何でもないわけがない。とはいえ、問い詰めても話してくれなさそうだ。
ふと、誰かの足跡が残っているのを見つけた。それも真新しいものだ。ゼロスと向き合う位置、誰かと話していたのだろうか。
「ここに誰かいたの?」
「……まあ、な」
証拠があるのに誤魔化すのも不自然だと思ったのか、若干歯切れは悪いが肯定は得られた。
「なあレイラ、お前はまだ、俺の望みなら何でも叶えてくれるのか?」
「そのつもりだけど……どうしたの? いきなり」
今その話が出てくるとは思わなくて驚く。何が飛び出てくるか身構えてしまう。
「……じゃあ」
その瞬間、喉元にぴたりと短剣が当てがわれる。あと僅かに力を入れれば、レイラの命は容易く奪われる。
「……これが望み?」
「怖いか?」
「……少し」
死ぬことに、ではない。ロイドたちが悲しむだろうことが。
これが他の誰かなら、死に物狂いで抵抗しただろう。そもそも今だって、抵抗しようと思えば簡単にできる。
「でも、ゼロスならいいよ。あなたが私の死を望むなら……少し悲しいけど、死んでいい」
「……本当にそこまで覚悟してるんだな」
俺さまの完敗。そう言って短剣を喉元から外し鞘に収めた。
そして、鞘に収まった短剣をレイラに差し出す。
「悪かったな、試すような真似しちまって。俺がレイラに望むことはな……無いんだ」
「……え?」
「たかが俺のために、そこまで本気で想ってもらえた……それだけで十分だ」
呆然とするレイラの手を取り、短剣を握らせる。
「ま、待って……」
これを返される。その意味は。
「俺は俺の生き方を貫く。だからよ、レイラも好きにすればいい。もう俺に縛られなくていい、気遣わなくていい……許さなくて、いい。だから、返すぜ」
どうして、そんな満足しきったような顔で、そのようなことを言うのか。
まるで、死にに行くような、そんな顔で。
レイラは言葉が出てこなかった。
ゼロスはそのままその場から去ってしまい、レイラだけが取り残された。
返ってきた短剣を見る。紛れもなく自分が預けた短剣で、本当に、返されてしまったことを改めて痛感する。
「……?」
ふと、足元に何かを踏んだ感触がした。
見ると、古いペンダントが落ちていた。ロケット式のもの。
拾い上げて、何気なく開いて、また固まってしまった。
「お父様……?」
そこにあったのはクラトスと女の人と、抱かれてる2人の赤ん坊。在りし日の家族の肖像。
恐らくこの女性は母アンナで、赤ん坊はレイラとロイドだろう。
このペンダントがここにある意味は。恐らく、さっきまでここにクラトスが。
もう埋もれかけている誰かの足跡を振り返る。
ゼロスとクラトスがさっきまでここにいて、何かを話していた。そして、今レイラに短剣を返してきた。
一連の行動を繋げて、出てきた答え、それは……
「裏切るつもりだ……」
だから、返したのだ。レイラに最後に話す機会を与えて。
「……どうしよう……私……」
本当なら、今すぐにでもロイドの元へ行き話すべきだ。
だけど、本当にそれでいいのだろうか。ゼロスは、それで救われるのだろうか。
どうすればいいか、分からなかった。