好きだから

本気で、殺すつもりだった。それが自分たちのしたことへの報いで、そうしなければならないと思っていたから。
なのに、なのに。
心臓を刺す直前、手が止まった。怖気づいたわけではない。

「どうして……そんな顔、してるの……」

まるで安心しきったような、ゼロスのその顔を見て、手が止まった。

「……殺らねぇのか?」
「殺すつもりだった……。でも……何で……今から殺されるのに……そんな悔いのない、安心した顔、できるの……?」

恨み言を吐かれるなら、何を今更と無視できた。恐れるなら、それが裏切りの報いだと冷酷になれた。
なのに、まるでこうなることを望んでいたような、安心しきったような、そんな顔をしていて。

「何で……か。さあ、な」
「……人を巻き込んで自殺したいなら、私は付き合わない」
「自殺……とも違うな。ただ……飽き飽きしてたんだ。生きるのに」
「……それで……」
「レイラの手で終わらせてもらえるなら、悪くねぇなってな」

愕然とした。このために短剣を返したのだ。話してもよし、話さなければ責任を口実に、終わらせてもらうために。

「……酷い」

ぽつりと、言葉が漏れ出る。

「……あなたは、自分がどれだけ酷いことをしてるか分かってる……?」

涙が零れてくる。胸が締め付けられる。
握りしめていた手の力は抜け、短剣が床に転がる。

「……あなたは私に……好きな人を殺せと言ってる……」

口にして、ああ、と自分でも納得する。好き。なんて単純な解だろう。
ゼロスをこんなに気にかけるのは、好きだから。好きだから幸せに生きてほしい。好きだから死んでほしくない。簡単なことだった。
気付いてしまえば、もう殺せない。好きな人を手に掛けるなんて、できない。

「そんなの……耐えられない……」

どんなにゼロスが望んでも、レイラがそれに耐えられない。
短剣を預けていた時なら、叶えられただろう。短剣を返された今、レイラの意志に反してまで叶える理由はない。

「俺に殺される覚悟はあったのに、俺を殺す覚悟はないんだな」
「……さっきまで、本当にそのつもりだった……今は、ダメ……」
「だったら」

何が何でも終わらせると言わんばかりに、取り落とした短剣を取り、もう片方の手はレイラの手を取る。
その手を、振り払う。短剣も奪い、鞘に収めて元の懐へ仕舞う。

「どうして、そこまで……」
「……俺は、間違って生まれてきたからさ……」

自嘲気味に笑うゼロスが、あまりにも哀しい。きっと、ずっとそう思っていたのだろう。
間違って生まれた命なんて、ある筈がない。そう思うと、自然と言葉が出てくる。

「……私がゼロスを肯定する。あなたは生まれてきてよかったし、生きてていいんだって。誰が何と言っても、いくらでも、肯定するから……それじゃあ、ダメなの……?」

今ここに、ゼロスの生を肯定する者がいる。それで、十分ではないのかと。

「レイラ、お前……」
「あなたは、想ってもらえるだけで十分って言ったけど……私は、全然十分じゃない……」

ゼロスを殺して、ゼロスのいない世界でゼロスを想い続けるなんて、耐えられない。
だから、生きてほしい。生きてさえいれば、レイラがゼロスを守るから。

「は……参ったな、こりゃ……」

ここまで想われて、終わらせてもらおうなどとは流石のゼロスも思えない。
ゼロスは体を起こし、レイラと向き合う。酷く自分勝手で傲慢で、でもその献身は紛れもなく本物な少女。

「ったく、自分が何言ってるかちゃんと分かってるか?」
「分かってる。……私、あなたが好き……だから……」
「本気なんだな?」
「……本気」

今の今まで自分の気持ちに気付いてすらいなかった体たらくだけど、ようやく気付けた。

「あーあ、俺さまとしたことが、レイラの言葉ひとつにこんなに振り回されるなんてな」
「迷惑だった……?」
「いや、全然? むしろ嬉しいくらいだぜ」
「……よかった」

拒絶されてしまったら、悲しい。

「俺も、レイラのこと――」

ゼロスはレイラを抱きしめ、その想いを囁く。
それを聞いて、応えるようにゼロスの肩口に顔を埋めた。

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