マーテルの嘆き

大いなる実りの間へと急ぐ。
レイラは、預かったコレットの要の紋をしっかり、握りしめる。
マーテルに体を奪われたとしても、これがあれば取り返せる。
ユアンから聞いたマーテルの遺言、彼女の意志がその時から変わらないままでいるなら、ミトスを諌めるだろう。
ミトスが、それを聞き入れてくれるかどうか――

「……わっ!」

目的の場所まで足を踏み入れると同時に、大きな衝撃が伝わってきた。そして、天井が崩れだす。

「……ロイド、大丈夫!?」

落ちてくる瓦礫を掻い潜り、皆のいる所へ、コレットの元へ駆けつける。

「……マーテル」

悲しみを湛えた顔つきでミトスを見つめるその人は、マーテルだろう。
要の紋を取り出すと、マーテルは心得たように頷いた。
急いで、取り付ける。これで、マーテルの心は再び大いなる実りへ戻る。

「何をするんだ!」

それを見たミトスが、要の紋へ向かって術を放つ。
咄嗟に、コレットの体を突き飛ばす。術は何もない空間で霧散する。

「お前達……ボクを裏切るつもりか!」

ミトスがゼロスとクラトスを糾弾する。

「わりぃな。神子からの解放、もういいわ。お前らを倒しちまえばそんなこと関係なくなるしな」
「裏切るつもりはない。私は悔いているのだ。お前を止められなかったことを」

神子からの解放を、クルシスの手ではなく自分の手で成し遂げることを決めたゼロス。ミトスの、そして自らの過ちを正すために戦うことを決めたクラトス。

「ゼロス! クラトス! 戻ってきてくれるのか!」

ロイドの顔は、声は、喜びに満ちている。

「そうよ、ロイド。彼らが……私たちをあの絶体絶命の危機から救い出してくれたの」
「今までずっと騙してたんだ。こんなんでチャラにできるわけじゃないけどな。レイラに感謝しろよ? 俺がこっちに付く気になったのも、天使様が来てくれたのも、レイラのおかげなんだからよ」
「レイラが?」
「私は何もしてないって。2人が、戦うことを決めてくれたんだよ」

レイラは言葉を掛けはした。でもそこから決めたのは彼ら自身だ。

「それに、私だって知ってて黙ってたのだから同罪だし。結局落とし前も何も付けられなかったし……」
「なら、一緒に戦ってくれ。それで取り返せばいい」
「……うん」

やっぱり、ロイドは優しい。だから、その期待にしっかり応えなくては。

「くそ! 姉さまを返せ!」

マーテルの心は、コレットから抜け出ようとしている。

「さようなら、ミトス。私の最後のお願いです。この歪んだ世界を元に戻して」
「イヤだ、姉さま! ……いかないで!」
「こんなことになるのなら、エルフはデリス・カーラーンから離れるべきではなかったのかもしれない。そうしたら、私達のような狭間の者は生まれ落ちなかったのに……」

最後にマーテルは世界の状態と、自らの苦しみを嘆き、戻っていってしまった。
ミトスは、姉との再びの別れを惜しむ。その顔は、狂気に満ちていた。

「……そうか。そうだったんだ。あは……はははは……。姉さまは、こんな薄汚い大地を捨ててデリス・カーラーンへ戻りたかったんだ。そうだよね。あの星はエルフの血を引く者全ての故郷だものね」
「ミトス……?」
「分かったよ、姉さま。こんな薄汚い連中は放っておいて、2人で還ろう。デリス・カーラーンへ」

マーテルに自らの行いを諌められたことが引き金を引いてしまったのか。
マーテルの嘆きを自らの都合のいいように解釈して、ミトスは暴走してしまった。
大いなる実りをデリス・カーラーンへ向かって浮上させていく。

「みんな、ミトスを止めて! 私の中にいたマーテルが私に呼びかけるの! マーテルは……ミトスを止めて欲しいのよ!」

マーテルが抜け出たコレットが目覚めた。マーテルの言葉を代わりに訴える。

「ふざけるな。姉さまがそんなこと言うわけないだろう。この出来損ない!」

ミトスの求めたものは、ミトスに優しい姉だったのだろう。そのことにマーテル自身はミトスの過ちを嘆き、ミトスはかつての姉を求めて歪んでいく。

「言ってたもん! これ以上、人やエルフを苦しめないでって、泣いてたもの!」

コレットがいくら訴えても聞き入れない。そのまま、ミトスは大いなる実りの浮上を続ける。

「ロイド、分かってんだろーな。ここで大いなる実りを失ったら、レネゲードの期待を裏切るんだぜ」
「そうさ。あたしたちミズホの民も黙っちゃいないよ」
「あれが無ければ、大樹の発芽も無くなるわ」
「マナがないと、大地も死んでしまいます」
「お前が目指すのは世界の統合。ならば……」

多くの人の、そして仲間達の期待を、今背負っている。

「分かってる! ミトスを止める! 全力でな!」

ミトスも、邪魔はさせないとユグドラシルへと姿を変え応戦する。

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