イガグリ復活
里に、休息のために少しだけ滞在することにした。
「どうしたんだい、レイラ。そんなに考え込んで」
「……実は、しいなを待ってる時、呻き声が聞こえてきて……」
「呻き声?」
しいなも怪訝な顔になる。
「おじいさんのような声。頭領の家から聞こえてきて……」
「まさか、頭領が目を!?」
「もしそうなら里中大騒ぎだと思うけど……」
里はいつも通りの様子だ。
「気になるね。副頭領に聞いてみよう」
タイガなら、何か耳にしているだろう。聞いてみるのが確実だ。
訊ねられたタイガは、呻き声について肯定した。
「確かに時折、頭領のお声が聞こえるのは事実だ」
「ヴォルトが……ヴォ……」
床に伏せている頭領から、ちょうど呻き声が聞こえてきた。しいなが駆け寄る。
「おじいちゃん!」
「一枚……二枚……三枚……足りない……」
「おじいちゃん!? 何が足りないんだい?」
「無駄だ……。いつもそこでうわ言が終わってしまうのだ」
何かを数えてるうわ言。一体何事なのだろう。
「ヴォルトに関係があるのかしら……」
「おじいちゃんは、あたしがヴォルトとの契約に失敗した時、一緒に雷の神殿にいたんだ。その時以来眠りっぱなしなんだよ」
「ふむ……。どうだ? もう一度雷の神殿へ行ってみては」
「そうだな。しいな、行ってみようぜ。何か手がかりがあるかもしれない」
「……そうだね。そうだといいんだけど……」
とにかく、放っておくわけにはいかないだろう。
神殿に入ると、やはり里で聞いたのと同じ声が聞こえてきた。祭壇へ急ぐ。
ヴォルトの祭壇の前に、老人が立っていた。手に持ったものを数えている。
「五枚……六枚……。三枚……足りない……」
「おじいちゃん! 何が足りないんだい!」
「これでは……ヴォルトを倒すことができんわい……」
「おじいちゃん! あたし、しいなだよ! ヴォルトと契約できたんだよ! ねぇ、おじいちゃん!」
イガグリの意識が眠った時の状態のままでいる。有り得る話だろう。しいながしきりに呼びかけるが、一向に気づく様子はない。
一か八か、ヴォルトを召喚することでイガグリの注意を向けてみる。
「うおおっ。なんじゃなんじゃ」
突如現れたヴォルトにイガグリは驚いて、こちらを振り向いた。
「ん? 何じゃお前さん達は」
「おじいちゃん! もういいよ、ヴォルト! 戻っとくれ!」
ようやくこちらに気付いたイガグリ。だが、目の前の相手がしいなだとは分かっていないようだ。
「何と! お前さんがヴォルトと契約なさったのか? これはしいなが悲しむのう……」
「おじいちゃん! あたしだよ! あたしがしいなだよ!」
「何を言っておるのじゃ。しいなはまだ7つじゃぞ」
「おじいちゃん! ヴォルトの事故からもう10年以上経ったんだよ! あたしはしいなだ! おじいちゃんがガオラキアの森で拾ってくれた藤林しいなだよ!」
ようやく、イガグリもしいなの言葉を聞き入れてくれた。
「……本当なのか? しかしするとわしは一体……」
「アストラル体ではないかしら。ヴォルトの事故の時に体と心が分離してしまったのよ」
「そんなことあるのか?」
「エクスフィアを使用していれば充分有り得るわ。あれは心と体を分離しやすくしてしまうようだから」
「確かにわしや里の者たちの一部はエクスフィアを利用しておる。するとわしは精神だけの存在ということか……」
10年以上、精神だけになってずっとここで彷徨っていたのだろう。だから、取り残された体は目覚めないままでいたのだ。
「おじいちゃんを助けるにはどうしたらいいんだい!」
「体に戻してあげたらどうでしょうか」
「どうやって?」
「そうね。恐らく精神だけが迷子になっているのでしょう。里へ連れて帰ってあげましょう」
「ふぉっふぉっふぉ。わしを赤子扱いするでない。この身体のことは既に理解したわ。どれ……」
イガグリは浮き上がり、そこら中を飛び回る。
「ふむ。中々便利じゃわい。元の身体に戻るのが勿体無いのう」
「おじいちゃん! 遊んでる場合かい!?」
「ふぉっふぉっふぉ。怒るでない。では、一足先に戻るとしよう。しいな、里で待っておるぞ」
ひとしきりアストラル体で遊んだ後、イガグリは姿を消してしまった。
なんだか、アストラル体をあれほど自由に動かすことからも流石はミズホの頭領である、と言いたいのだが、当人があまりに呑気すぎて、拍子抜けしそうな調子だ。